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作品名:反復の時 作者:くーろん

第90回   90
室人は可奈子とデートした日に一人部屋で自慰をした。
彼が自慰をしたのは可奈子のことを思ってではない。確かに室人は可奈子から性的アピールを受けた瞬間はデートという場面でしばしばあった。
しかし、彼の性的意識が可奈子を性的に求めてはいなかった。

室人は部屋にある大きな鏡の前で全裸で自慰をした。

室人には実は人には言えないナルシズムがあった。
ナルシズムとは自分の肉体に性的欲望を感じるということである。
室人は中学生になった頃から自分の肉体に欲望を感じるようになった。
それ以来、鏡の前で自慰するようになった。それは自分の身体を視姦することである。
他者ではないことからマゾヒスムとは言えないが、他者の視点に立って自分の身体を視姦しているということはではある種のマゾヒスムかもしれない。自分が他者の性欲の対象でありたいと願う気持ち、人から認められたいという人間の欲求の源はここにあるのかもしれない。美少年は他者からみられるときに少女のようにうれしそうな顔をする、それは見られるということが自分が他者に性欲を起させるにたる存在であるという喜びだろう。室人は他者から見られることに喜びを感じることはなかった。室人に美少年としての要素が欠けていたのではなく、彼が自分の性欲を鏡とその前に立つ自分の間に閉じ込めていたからである。そこに他者が入ることを拒否していた。彼が他者の視点に立つ身体の視姦を拒否していたということで彼には美少年としての自分の発展とマゾヒスムの発展は起きなかった。

室人は哲学的人間であったので自慰する自分を背徳者と思っていた。
室人は考えた。自慰とは何か。男は女に性欲をもよおす。
そのような男には3つの選択が用意されている。
一つはそこに現存在として実存しているその女と性的関係になるように努力すること。
次は女に対する性欲を別のものに転嫁して努力すること、つまり社会的価値観や社会的目的ということ。例えば、この女とセックスするにはもっと自分は金持ちになるとか、会社で出世するとか、スポーツ選手の大会で活躍するとか。女とのセックスを自分の高いところにある別の目標のご褒美に置くことである。
そして、3つ目が自慰だろう。

室人にしろ誰であろうと自分の性欲が起きればそれがスンナリと満たされるように簡単に人間の世の中や社会が出来ていないのは誰もが認めることだろう。
人間は動物のように発情の時期がない、1年中性欲がスタンバイしている。それだから、人間は性欲を自分の意志で我慢しなければならない動物である。室人にもそれはわかっていた。だから、彼も暇なときはセックスしかすることがない未開な原始人や野蛮人のような生き方をすることなく、性欲を仕事やその他の諸々の事柄で昇華させてはいた。
室人は童貞ではなかった。アザミと肉体関係を一度持っていたからだ。
室人はアザミとのセックスでは彼女の脚を持ち上げたりして不自然な性行為の姿勢をしたために自分がそのセックスで完全に性欲が満たされることはなかったということはわかっていたが、彼は欲望の満足を最優先する男ではなかった。
彼はアザミとのセックスで新しい新人類の未来を創造しよう懸命だった。だから、彼はアザミの後に女を変えて次から次へとセックスすることはなかった。彼の性は自慰的にものへと戻っていった。それは彼が次なるセックスを諦めたということではなく、アザミとのセックスを吟味分析することにより、次なる高みのステージへと彼自身を準備させることであった。
室人は世間一般で言われているような自慰を背徳と考えていた。なぜならば、人間社会が築いてきた社会的目的とか価値観というのは性欲の転嫁であるからである。
今ここに美女がいる。その女とセックスするには社会的目的や価値観に沿った努力が必要である。しかし、自慰はそのような努力をスキップして結果に至ろうとする。そのような事はどこか狡いと思われ、軽蔑もされる。努力せずに満足だけの人間はルール違反。ドラッグも同じである。ドラッグで検挙される有名人とか最近は多いが、自分の置かれた現実を薬の力で変えてバラ色にして現実のストレスから逃避するのは自慰と似ている。仏教などの悟りを極めようとする宗教がドラッグを否定しているのは悟りの境地というのが現実のと葛藤や厳しい修行の中から得られるものであると考えているからである。
酒も同じであった。室人はある時人生の問題に思い悩んで重苦しい気持ちでいた。自分の周囲の空気までが重く感じられた。その時、彼は酒を飲んだ。すると、思い悩んでいたことがすべて解決したかのような気持ちになった。泥酔していく自分を理性が何も解決していないのに気が楽になっていいのかと問いかける声がした。室人は酒に自慰と似た背徳を感じた。それ以来、彼は酒を飲んでもあの声を聞く前のように解放感を感じることは無くなった。酒を飲むといつも心の隅で気晴らしも必要だが背徳という毒を自分に少し盛っているように思えるからだ。

室人は自分自身に美少年を見ていた。ある日、地下鉄に乗って座ると前にいたオカマと思われる女装した女に熱い視線で見られたことがある。その時に彼は心に強く憤慨する気持ちが起きた。彼のナルシズムは他者からの欲望の対象になることには強く抵抗するものであった。だから、可奈子に対しても彼女が彼を美の欲望の対象として見ることを望まなった。

彼が彼女を美術館で全裸のダビデ像を見せたのもそこに立つのは可奈子の前に立つ自分自身であったのかもしれない。そんな彼が実は家に帰って自慰をしていたとは可奈子に絶対に知られたくなかった。しかし、彼の肉体的バランスは微妙であった。彼は中学の頃から青白い痩せた美少年であったが、自慰が彼の肉体を不自然にしつつあった。青少年期のナルシズムはよくある話であるが、それがスポーツ活動などで自分の肉体を鍛え上げることでナルシズムを満足させるというのはよい連関であろう。
室人のそのような肉体的変化を目ざとく見抜いたのは彼の会社の総務課長の関口だった。関口は恒例の社員旅行で温泉に行ったときに温泉に浸かっているときに室人の男らしくない肉体から本質を見抜いた。関口は社会的目的や価値観を共有しないであろう室人をある種の異邦人に出会ったように身震いを覚え、彼を遠ざけたいという気持ちを抱いた。

室人は自分の体もターニングポイントに来ていることはわかっていた。彼のナルシズムが自慰を導く主因になるにはすでに限界が来ていた。必死に女色を入れないように努めていたが、その歪みが秩序あるものが自慰の欲望を起こさせるに至っていた。彼は可奈子にそのように自分の肉体的危機を何とか乗り切る新しい希望を感じていた。その希望が実は潜在的意識においては彼女への手淫の願望であったのかもしれないが、彼はそれを意識の上で拒否していた。


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