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作品名:反復の時 作者:くーろん

第89回   89
次のデートの日曜日に、駅の構内の改札口を見ながら可奈子を室人は待っていた。

彼女はなかなか来ないので待ち合わせ時刻を過ぎたときに彼は心配そうに構内を見回すが彼女の姿は見当たらない。

その時、突然に少し離れた柱の陰に隠れていた彼女が現れて、手を開いて、私はココよと笑っている。

彼は意表を突かれて、自分がからかわれたような気持になりぶ然として彼女のほうに歩いて行った。それから何事もなかったように無表情で彼女に話しかけたので、ニコニコ顔だった彼女がこわばった表情に変わったが、彼に気持ちを見透かされるのを嫌ったのかうつむいた。
室人が近くの西欧美術館に行こうと彼女を誘った。彼女は彼を見ることなくうなづくと横について歩きながら二人は駅から出た。

秋の穏やかな日差しの中で落ち葉を踏みながら歩く二人の前に現れた美術館は西欧古典美術展が開催中であった。

「人の世のことはすべて移りゆき変わりゆく。流行の物は栄えては廃れる。街の看板に描かれた女性のかぶる帽子も来年は別の帽子になっているだろう。しかし、芸術品、特に古典と言われるものは時代が変わっても変わらない価値を持ってそこで輝いている。
なぜそこに輝いていられるか、それは不変である、つまり真理であるからだろう」と室人は可奈子になぜ今日西欧美術館へと来たかを話しながら館へと二人で入っていった。

そこには展示されたたくさんの宗教絵画があった。
それは荘厳な雰囲気と深い精神を暗示するかのようであった。

そして天窓がある踊り場に大理石のダヴィデ像が展示してあった。
ダヴィデは全裸で立っていた。それは理想の姿であった。
神の前でまさに理想の姿で立っている人であった。
何の欠点もなくそこには人間の理想の姿があった。
室人は可奈子をチラリと見て言った。
自分はこのダヴィデのように全裸になることはできない。
自分が醜いということを百も承知しているからだ。
可奈子は室人の言葉に懺悔の責めのような響きを感じてカチンときたが、自らの心の中を振り返り蒼白となり震えを覚えたが黙っていた。

その時に、天窓から日が差し込んできてこの空間を明るく照らし出した。
ダヴィデ像もまさに太陽という神の光に向かって何の恥じるものもないように燦然としていた。
二人は光と人間の理想像が作り出すこの絶妙なバランスの中でいた。

しかし室人は光がダヴィデ像の足元に影を作りだしたことも見落とさずに、指差すと永遠の理想にまで高められた人間存在すらも神の前でそこに暗い影をつくる。
暗い影とは死ということだ、と彼女に言った。

太陽の動きに連れてゆっくりと動く彫像の影を二人はしばらく見ていた。
天空の太陽が強い秋風により高高度の雲が横切ると、その影が強められたり弱められたりしていた。
彼は突然に得体の知れない恐怖に襲われて、彼女のほうを見ると、彼女が平然として見ているので驚いたが、彼女が美しくハクイと思えたが、昔もそう思えたことがあったがどうしてだろうかと思った。

二人は彫像の広間を離れると、2階へと続くゆっくりとしたスロープを歩んだ。

「そこにある近代画家の絵があった。麦わら畑がテーマだったようだ。
この画家はフランスのアルルの美しい自然の中で描いていた時が彼の人生のピークだったが、その後に自殺した」と彼が可奈子に言った。

「彼は若い頃に会社員をしていたが、その後に牧師を目指したこともあった。
確かなことは、アルルの美しい自然の中で何も要らないという境地に達したのではないか。芸術家としての彼は自己の感性と情熱が描くものに完全に満足していたのではないか。
彼の日常生活での行動は狂気じみたものであったと伝わっているが、哲学者になろうと本気で思ったこともあると言われている。ということは、彼が自己の感性と情熱が描くものを選んだというのは哲学的選択だったと思える。なぜ彼は自殺したのか。彼が選んだ生き方、つまり感性に遊び生きるという生き方に限界があったのだろう。感性は衰える、その時に彼は生きがいは失われた、絶望の風景しか残らなかった。だから、11月の夜の暗い麦わら畑でピストル自殺した。まさに、彼の心象風景の移り変わりのように、遺作となったこの絵のように」。

室人の言葉が終わると、可奈子が別の静物画を指さして言った「あなたは人生風景の中に現れるものを石ころのようにつまらないものと見ているのでしょう。そのつまらない石ころを積み上げる努力やその石ころに一つ一つ丁寧に何らかの意味を吹き込む努力をすることが生きることだと考えているのではないかしら、しかし、この画家はものの中に炎を見ようとしているのよ、熱く燃える炎を描こうとしている、あなたがつまらない石ころとしか見ないものに。彼は確かに光と影が織りなす世界から次第に引き離されて行ったかもしれないけれど、物の中に秘められた熱は最後まで見ていたと思うわ」。
室人は自分に向けられた彼女の言葉に驚いたが、「では、きみにとっての熱く燃える炎というのは何ですか」と聞いた。
可奈子が「それは、、、」と言いかけたが、「、、、今は言えない」と続けた。

二人はその後に、美術館を出ると落ち葉を敷き詰めた公園を歩いた。穏やかな秋の正午ごろである。人通りもまばらであった。

駅前の蕎麦屋で昼食をすることにした。

室人は先ほどの美術館での話の続きの話を延々と初めていた。

彼女が突然にドーンとテーブルをたたく。

蕎麦のどんぶりの汁とプラスチックのコップの水がこぼれんばかりに波打った。

痛いじゃないない、さっきから私の足を踏んでいる、と真っ赤になって怒った。

室人は不思議な気持ちになった「自分は君の足を踏んでなんかいないよ」

可奈子が「そんなことはない、さっきは話ながらずっと踏んでいた」と言った。

彼女の憤慨して怒った顔を見て自分は一体何をしたというのだろうかと言う疑問が起きた。

話に夢中になっていたが自分は踏んではいない、気が付かないで触れることぐらいはあったかもしれないが、と室人は思った。

室人はこの場で言い合いになるのを避けて彼女に店を出ようと言った。室人が支払いをして外に出ると彼女はまだそこにいた。

あれだけ怒ったのだから先に帰ってしまっても不思議ではないと思えたが意外であった。その時の彼女は平静に見えた。

室人は彼女の機嫌を気にしながら駅前でソフトクリームを買うときれいな花壇の近くのベンチに二人で座った。

彼女は何も言わなかったが、その時に一匹の蝶が、それはいつか見覚えのあるモンキチョウがゆらゆらと彼女の近くを舞った。

その瞬間に室人は運命に近い何かを感じた。室人は可奈子にのめり込んでいく自分を見ていた。その時に室人の心は決まった。

室人は駅に向かう途中で歩きながら、可奈子に「きみと結婚したいから考えてほしい」とプロポーズの言葉を突然に言った。

可奈子が「でも、まだお見合いで会って3回目でしょう、、、、」と言った。

室人「でも、中学の頃からの付き合いだし」と言った

可奈子が何も言わないうちに駅の改札口まで来てしまったので、

「ぼくは来週は1週間泊まり込みの社員研修で会うことができないけど、その後に会う時までに結婚のことを考えてほしい」と言って可奈子と別れた。


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