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作品名:反復の時 作者:くーろん

第88回   88
次の週の夜、駅前広場に面した複合ビルの2Fにあるスペイン料理レストランの入口で室人は可奈子を待っていた。
時間通りに来たベレー帽子の彼女を見たとき、彼女の着ている洋服もハイヒールも何か磨り減っているように思えた。彼女は仕事でピアノを子供に教えたりしているのだが、やはりピアニストのような芸術の仕事はあまり収入がないようだ。だから実生活ではあまり衣類にお金をかけられないのかなと思ったりした。今夜も彼女は子供のピアノ家庭教師をした後の帰りだった。

ワインは赤のサンライズチリの安価な400円のグラスワインを2つ注文した。
世の中はバブル期だったが、室人は原始蓄積段階を経て資本主義段階にいたので、コースを選択した。その中でメインデッシュがアヒージョ、パエリア、ドリアという選択が可能であった。彼の思想的信条が強くザリガニのチーズドリアを推していた。
金に困っていたわけでもなく、金を惜しむわけでも無かったが、マックスウエーバーの思想とささやかなナショナリズムが彼に金額も3つのコースの中で安い2600円だったドリアに決めさせた。

室人は食事をしながら本当は彼女とゆっくりと会話をしたかったが、料理が来ると彼女は食べるほうに夢中なようで、ガツガツとドリアを食べた。よほどお腹が空いていたようだということがわかった。室人はそんな可奈子を見ながら、チリワインのグラスを燻らせ、彼女のむき出しの動物的な食欲というもの実感しながら1回目のデートとはなぜこんなに違っているのかと不思議に思えた。1回目のデートでもサンドイッチを食べた後に芝生に座ったときに彼女が歯茎をむき出してエロチックな匂いをさせたときのことを思い出して、彼女の性や食に対する動物的欲望というものをお見合いという抑制された場においてさえもこうして垣間見ることができたと思った。これが生きている女というものかもしれない。

デザートのバニラアイスクリームとコーヒーが来る頃になってやっと彼女の食欲も落ち着いてきたのか室人との話に意識するようになり彼の話を聴くようになった。
彼女は音大を卒業してピアノ家庭教師をしたり、ピアノのバイトをして仕事をしているとこのことで、最近家を出てアパートで一人暮らしを始めたということで毎日が仕事で忙しいと言った。

そんな話をしながら、室人が昔の話のほうへと過去へと話しを向けようとしたが、彼女はあまりそのほうに気乗りがしないようだったが、室人がどうしても聞いておきたかったこと、高校生だった時に2回目のデートでなぜ来なかったのかを聞いた。その瞬間に彼女が暗い顔になって不機嫌そうになったのがわかった。

「、、、、その話をきかないで」、と可奈子が言った。

室人はハロウインの夜に何かあったのではないかと思っていたが、それならば、時が過ぎてしまってからこうしてお見合いで会いに来たのか不思議に思えた。

「でもこうして再会したことがぼくには不思議に思える、それはなぜ」ともう一度彼女に尋ねた。

彼女は「言いたくない、、、、その話はしないで」と虚を見ながら言った。

室人は彼女の機嫌を損ねてしまったと思い、何とか挽回できないかこのままではよくないと思い、近くに遊園地があるので夜のジェットコースターに乗ってみないかと彼女を誘った。

可奈子も了解したので、二人で旧式のジェットコースターに乗った。コースターは暗い夜のビルの明かりの中で走った。

コースターが急降下したときに彼女の帽子が吹っ飛んだ。

その後に二人でコースターから降りてから帽子を捜したが結局見つからなかった。

彼女の服装からまた食欲からして彼女はあまりお金が無いのだろうと室人は推測して、彼女に帽子を買ってあげると言った。

「私、他人から衣類まで買ってもらいたくない」と少しプライドを傷けられたように不機嫌になって断った。

「ぼくが今日コースターに誘って君の帽子を無くす原因を作ってしまったのは、ぼくだから買ってあげたい」と室人が言った。

それから室人が付け加えるように「これはぼくからのささやかな好意のプレゼントだと
思ってほしい」と言った。

彼女も彼の気持ちを察したのか、これ以上断るのも悪いと思ったのか、
「ありがとう」と言った。

遊園地を出ると二人は帽子を買いにブランドのブテックに寄った。

「好きなのを選んでいいよ」と彼が言うと彼女はいくつか選んでは鏡の前で一つ一つベレー帽子を試着した。彼女の前に綺麗なチュールレース付のカクテルハットが掛かっていたが、高価な値札が見えた。彼女はそれを気に入ってようだ。室人のほうを見て「こんなに高くてもいいの、、、悪いわ、、、」と言った。

彼女は何かをおねだりする子供のように彼には見えて可愛らしく思えた。

室人が少し困って黙っていると、機転を利かせてこちらの少し地味目のベレー帽にすると言った。
室人がいいよと言うと可奈子は喜んで、何度も鏡に向かってその帽子を脱いだりかぶったりした。

それから店を出て駅の改札で二人は別れた。改札口に入って雑踏の中で振り返って彼に手を振る新しい帽子の彼女を室人は一瞬見た。


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