夕方の駅前の時計の針は5時を指した。 ロータリー広場に並ぶバスストップにアザミを待つ室人がいた。
約束の時間が過ぎる、1分、、、2分、、5分、、、、、10分、でもアザミは現れない。
人がどんどん通り過ぎていく。
携帯が鳴る。
「ごめんなさい、やはりアザミは行けないよ」
それから沈黙が続く。いつまで続くのかこの沈黙は、
やがてアザミのすすり泣きが携帯の向こうから聞こえる。
「わかったよ、もういいよ、アザミは今のままでいいよ」。
「ごめんなさい、ごめんなさい、」と言うアザミの声。
電話の向こうで早く携帯を切るように言っている誰かの声も聞こえる。
室人は「一人で行くけど、また、会えるさ」と言ってしまった。最後の押しだった。
本当はこれが最後でもう会えないことはわかっていたけどそう言ってしまった。
再び「一緒に行きたい、連れてって、、、でも、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんな
さい」と言うアザミの声。
その後にプツンと通話が切れた。
ロータリーから地下通路を通って歩道に出る。外は夜の帳が下りていた。 それでも夜空は澄んでいて満天のこぼれんばかりの星のせいか外は異様に明るかった。 星に導かれるように室人はしばらく独りでさまようように歩いていた。
アザミのことが室人の脳裏に静かに流れ去って行った。 街の方へもどっていくと今夜最後の夜行バスがまさに出ようとしていた。 これから一人遠い北へと旅たつ。この街ともお別れ。バスに乗客は少なかったが。 室人は身を隠すように隅の窓側の席に座った。
バスが走り出すと車内の明かりが消え車窓を通して星が見えた。北斗七星がバスを追いかけて来るように見えた。
アザミありがとう。アザミはアザミの今のままがいいよ。彼はそれをもう一度言いたかった。
叔母さんが無断で外泊して怒るだろうということ、大学の卒業などは今の室人にはどうでもよかった。
そして、3日間の逃避行で遠い北の見知らぬ雪の降る街を彷徨い歩いていた時に、夜空から降り注ぐ雪の中で前のめりに雪の中に倒れた。 誰も見向きもせずに通り過ぎて行く、通行人が舗道に作るたくさんの足跡を降り注ぐ雪が消して綺麗にしていく。 室人は最後の力を振り絞って、そんな柔らかな雪の上にアザミ&室人と二人の名前を書く。人生をやり直したかった、この北の地で、アザミと一緒にやり直したかった、自分の無力を思い、悔し涙が流れた。
それからいろいろな事があったが、室人は1週間後には家に戻っていた。 室人を知る人は皆、そのアザミという女が約束の時間に来なかったのは不幸中の幸いだったと言った。そんな時に室人はもう何も言わなかった。
そして、ある日の夜にあのアザミと待ち合わせた場所へ行ってみた。
あの日の夜のように今夜も星は光っている。北斗七星も見えた。
アザミを待って最後に携帯で話したこの場所に立ったとき
どこかの子供が置き忘れたのでしょうか、小さな小熊のぬいぐるみがチョコンと置いてありました。
置き忘れた小熊を見ていたら、アザミもこんな小熊のぬいぐるみが好きで部屋に置いていたのを思い出した。
帰り際に夜空を見上げるといつもは肉眼ではみえにくい5等星のアルコルが2重星としてミザールのそばに室人は認識できた。
アザミもあの星のようにかすかに光ながらもいつまでもそばにいてくれているような気がした。 アザミ今日までありがとう。アザミに逢いたい。もう逢えないのはわかっているのに、、、さようなら、、、
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