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作品名:反復の時 作者:くーろん

第82回   82
室人は匂いの研究のためにその日は都心の街に出ていた。
デパートの1Fの化粧品売り場を廻って自分の嗅覚が捉える匂いの識別能力を試していた。しばらくして店員がジロジロ見るので、データも一応取れたので外に出た。外は歩行者天国だった。

その時に突然に携帯が鳴った。アザミからだった。今デパートに買い物に来ているが、会えないかとアザミが言ってきた。どうも、雰囲気としては誰かいるようだ、男のようだ。室人はどうしょうかと思って迷ったが、ちょうど来ていたのが同じデパートの別館の10Fのコーヒーラウンジだったので会ってみることにした。
ちょうど1Fに来ていたエレベーターが室人一人を乗せ10Fへ直行するとドアが開き広いコーヒーラアウンジが見え窓から空が見えた。
黒いブランドのブラウスを着ているアザミが見えた。アザミの近くに小柄な男が座っていた。その男は市ノ谷偕人だった。
あの室人の大学の研究室に来ていた若手でベンチャー企業を立ち上げたという男だった。
アザミは市ノ谷をフィアンセとして室人に紹介した。

偕人は室人のことはすぐにわかり、アザミが中学の時の同級生だと知って、奇遇だと言った。アザミはたくさんの買い物をしたようでブランド品の袋がたくさん近くにあった。
偕人は羽振りのよい上顧客のようであり、外商を呼ぶとアザミの買った物を彼女の自宅に運んで届けるように言った。

外商が運んで行くのを見ながら、室人に言った、今日は本当に奇遇だが、自分はこうしてアザミの買い物に付き合って来ているがと言ったので、室人が自分は化学哲学の卒論を仕上げるために生活世界に広がる匂いのサンプリングをして自分の嗅覚のカテゴリーに従って分類をしに来たと言った。

偕人が相変わらず熱心にやっていますね、先日は匂い物質のサンプルをありがとう、室人に単離してもらった匂い物質をベンチャー企業で製品化することになり、国からも莫大な補助金が出ることになったと誇らしげに言った。来週は大きな学会で発表すると言った。

偕人は高級ブランドを身に着けたアザミを見ると成功者への階段を上がって行く勃興期の者のようにやっと自分もキレイな着物を着せた愛人の一人を持つところにまで来たかと満足感を覚えたが、いやいやまだこれからだ、と自分に言い聞かせた。

その時に偕人の携帯が鳴った。仕事の話のようであり、偕人が仕事の電話でちょっと失礼と言って席を立ち外へ出て行った。

室人が言った、「アザミが幸せそうだな、いいフィアンセが出来て、幸せなんだろう」。

アザミは彼に答えずに黙ったが「谷田貝君はどうして電話くれなかったの、、、、」。

室人が「毎日忙しかったし、僕達はもう会わないほうが、、、、、」。

アザミの顔が曇り「そんなことないよ、今日まで毎日待っていたのに、、、、」

その時、偕人が携帯を片手にもどって来たので二人は少し慌て何事もないように気分を変えた顔をした。

偕人が、また別の要件で仕事の話が来た、何でもいいから注文して先にどうぞ、と言うと携帯で話ながらまた外へ出て行った。

アザミ「なぜ、電話くれなかったの、今日まで、アタシのほうから電話するまで、、、」

室人「ぼくには自信がなかったし自分自身に迷っていた、そんなぼくがきみに好きと、、、」

その時にウエートレスが来て注文を二人に訊いた。アザミが下を俯いて小さな声でホットコーヒーと言った。室人もぼくも同じでコーヒーと言った。ウエートレスが丁寧に注文を復唱するとお辞儀をして去った。

アザミが顔を上げた、暗い目は何かにすがるようで「それで、、、、今はどうなのよ、、」

室人「好きだ、、、、でも、今のきみの幸せを壊したくない、、、、」。

アザミが何か言おうとした時にウエートレスがコーヒーを運んで来て二人の前に丁寧に並べると、ご注文はよろしいでしょうかと言った。室人が、ああいいです、ありがとう、と言うと、お辞儀をして去った。

室人は頭の中が混乱していた、過去の悩みや思いが葛藤する中で、今何かアザミに対して決断をしなければいけない自分がそこに置かれていることに気がついた。

龍馬さん、ぼくはあなたのように偉くもなければ有名でもないが、龍馬さんならばぼくの気持ちや立場をきっとわかってくれると思う、ぼくはあなたに従って決断します、アザミと一緒になります、おりょうさんと恋仲になった龍馬さんならば、ぼくも行く道を支持してくれるでしょう、室人は思い込んでいた。

室人がアザミを見るとアザミの目は潤んでいた、イヤリングが光っていた、美しかった。

室人「アザミ、ぼくは今日旅立つ、大学も就職も家もすべて捨てる、そして、やり直したい、アザミ、一緒に来てほしい、今日、午後5時に駅に来てほしい、二人で新しい地でやり直そう、ぼくにはアザミが必要だ、来てほしい」

アザミ「、、、、室ちゃん、、、、アザミも一緒に行きたい、、、今の暮らしから抜け出して新しい地でやり直したい、、、、きっと、、、駅に行くよ、、、きっと、、、きっと」

その時、ウエートレスが来るとテーブルに伝票を置いた。
それから、間もなく、やっと仕事の話が終わったと言いながら、偕人がもどって来ると、伝票を取り上げ、なんだコーヒーしか頼まなかったの、と言った。
それから出ようと言ってレジに行った。

室人も席から立つとアザミに「5時に待っている」と念を押すように言った。

アザミも室人の目を見て「きっと行く、きっと行って待っている、、」と言った。

室人はエレベーターを降りると二人と別れた。

帰りの車中で、

偕人が「アザミに今日はこれから仕事があるから家まで送る」と言った。

アザミは不満そうに「でも今日は1日付き合えると約束していたじゃない」と言った。

偕人「ゴメンよ、しかし仕事を逃すわけにはいかないよ、今日、デパートでたくさん買い物ができたのも仕事があって金が入ってくるからだろう、わかってくれよ」

アザミ「でも、、、、」と言いながらもわかったとうなづいた。

偕人「今日会ったあの男は人間のクズ野郎だな、オレは一目見てクズだとわかった、アイツは刹那に生きているだけの夢も理想もないクズだ、」

アザミ「でも、真面目な人でしょう、悪い人でもないし」

偕人「アイツは真面目に見えるし、確かなに悪でもないが、それでもクズ野郎だ、確かアザミの中学の同級生と言っていたが、どこの中学だ」。

偕人は強い無意識の優位コンプレックスに捕らわれて、室人を無意識の底で舐めきっていた、だからアザミと室人の間に起きていることに気がつかなかった。アイツはオレに命令されて匂いのサンプルを持ってくるだけの覇気もやる気もない小心者だ、そんなアイツに何ができる。

アザミが答えるのを聞くと「、、、、、中学校。覚えがあるが、、、」と偕人が言いかけたが突然に口をつぐんだ。

偕人に昔のことが蘇った、
男色レイプの汚辱の中で男の尊厳をへし折られたみじめだった自分、
チンピラを引き連れてぐれていた自分、その頃の自分が見事に立ち直り、
こうして国家から支援を受けるベンチャー若手企業家として活躍するまでになった。
そして、風俗でストリップ嬢のアザミを愛人としてささやかながら囲えるほどになった。

偕人が自分が惨めで打ちひしがれていた頃に憧れをもって見た少女のことを思い出していた。
ローラースケート場に来ていた少女、白鳥可奈子、初恋だったのかもしれない、薄汚れたクズとして社会の底辺をはい回っていた自分にとっての唯一の光であり希望でもあってのかもしれない。しかし、チンピラを引き連れて可奈子の関心を買おうとしたが邪魔が入って敗れた。
その日のことは忘れない、横に座るアザミを見ながら思った、
オレは成功して金が出来たら、オレの女ももっともっと理想に近づけていかなければならない、きっといつか、きっといつか、、、、、、

二人を乗せた高級外車はアザミのアパートに着いた、

偕人が言った「アザミ、こんな貧乏アパートは早く出て、二人で高級マンションで暮らそう」。

ありがとうと言い車を降りるアザミの顔に笑顔はなかった。


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