白昼の光の中から黒いカーテンを潜り抜けると突然の暗闇に投げ込まれたようで、同時に大音量の音楽が飛び込んできて足元も覚束ない。目が暗闇に慣れてくると室人は自分の前にたくさん人が立っているのがわかった。
人がたくさんいて頭が邪魔してすべては見えないが前のステージで若い女が踊っているのが見えた。それから何とか割り込んで手すりに僅かなスペースを確保できた。そこからステージを見ていた。
その女はどこかで見たことのある女だった。大学の教務課の事務に30過ぎの女子事務員がいるが確かによく似ているが、人違いだろう。その女は誰もが知っている歌謡曲のラブソングに合わせてエレガントなドレスで踊る。 室人は冷やかに批判的な気持ちで見ようとしていた。最初は服を着て曲に合わせて踊るが、曲が変わって途中から服を脱ぎ始めて裸になるのだがそのターニングポイントが何を意味しているからまで室人にはわからずに興味本位だけで見ていた。
彼女のステージが終わると場内が点灯し、客がぞろぞろと席を立って出て行った。 室人は座ってじっくり見たほうがよいと思い左端の空席に座った。 緊張がほぐれ周囲を見回すと中年から老年の男がほとんどで室人のような若い男はいなかった。 室人が驚いたのは白髪の高齢の老人もいたことだ。室人は自分のように若い男は女に性的関心を持つが、次第に歳を重ねることで関心が薄れ老人になると性欲を超越できるようになると思っていた。性欲の衰えは生への執着となるのか、生から完全に性を切は離して生きていくことはできないと言うことを物語っていた。凶悪な性犯罪者の男が脳のロボトミー手術を受けると、確かに性欲はまったくない消失してしまい、凶暴な性衝動も起きなくなるが、その代償としてその男は全く生きがいを感じなくなり、生きる屍となる。室人はそんな話を思い出した。
次の踊り子は長身の痩せたモデルのような若いギャルだったが、室人は近くのコンビニでよく見かける店員かと一瞬に目を疑ったが、たぶん人違いだろう。しかし、不思議だ、なぜそう思えるのか。座った席は立ち見よりは間近に踊り子を見ることができたが、やはり人の頭が邪魔して見えないことがある。それでも頑張って見ていた。 その若いギャルは顔が小さく脚が長く躰が柔らかく、曲線美がすごい。身体が柔らかいようで、全裸になって脚をヨガみたいに180°に開脚させて局部を見せる。それから、アクロバットのように前後に何度も地上回転をしてみせる。回転するときは腰を軸にしているが長い脚の動きが優雅であった。クライマックスはシルエットだ。 照明が女体から作り出すこんなに美しいシルエットは見たことはない。この女子は何も自分を隠すことなく全裸で勝負しているのか、よほど自分の躰に自信がないとできないことだと思った。
そんなこと思っていると、斜め後ろで ‘オマエの大頭が邪魔で見えねんだ、少し左へ動け’と大声がした。
前に座っている頭に大きな被りものをした男がそれに応えて、 ‘オマエこそ動くんだ、動くんだよ、自分が見える所に、人生は動くことなんだ’。
‘何言ってやがる、この大頭’。
‘何度も言わすんな、オマエが動くんだ’ 、、、、、、、、、、、、、、、。
、、、、、、、、、、、、、、、。
しばらくこの言い争いが続いたが、二人は殴り合いをするために立ち上がることはなく、自分から動くことはなかった。
この言い争いを聞いて、周囲の無関心と冷淡を見て、室人は自分までが縮こまった。 次の踊り子のステージが始まる少し前に、隣の30代の男が話しかけてきた。 その人は‘自分は朝から来てもう十分に見た、、、、、そこよりここのほうがよく見えるから、、、、よかったら代わってあげるよ’と言った。 その人の言葉には冒頓とした田舎のなまりがあった。サラリーマンではなさそうで何か仕事をしているんだろう、きっと、田舎から都会に出てきて独りで彼女もいない都会出てきてここに来ているのだろうと思った。室人はその人に礼を言って席を代わってもらった。
次の踊り子が出てきた。 黒のレーザジャケットスーツでライダーヘルメットを被っていた。 こちらも長身で脚が長くスタイルからはモデルかと思えた。 女はヘルメットを外すと赤い蝶マスクをしてショートカットの茶髪だった。 そして、踊り始めた蝶マスクの若い女にセクシーな魅力のポイントの焦点を定めようと室人は女の動く肢体を彷徨ったていた。 やがて、室人はまたしてもハッとして、この蝶マスクの女が知っている誰かではないか、似ている、確かに似ているのに気がつういた。この女も身体が柔らかいようで、どんな顔だかわからないが、涼やかな眼差しは遠い銀河の果てまで見ている謎の美少女みたいで、身体の動き、腰を重心とした回転運動は素晴らしい。 長い脚の優雅な地上回転、側面回転、180°開脚など、室人の視線は女の局部と動きの身体の重心の作り出す説妙なバランスをスポットライドが追いかけながら美を作り上げていく中に追っていた。最後のシルエットは完璧なものだった。彼は女のセクシーに悩殺されそうな思いがして少し理性的に退いたが、それでも似ている、誰かに似ていると言う思いに憑りつかれていた。
ステージが終わると、 室人はその時先ほどの男が隣に座っていないことに気がついた。知らないうちに立ち去ったようだ。 彼は次の瞬間に初めてこの世にはまったくの赤の他人の善意と言うものも存在し、give and takeだけでは説明し得ないものもあると思い、他者への感謝の気持ちが自然に内面から湧きあがった。
そんなことを思っていると、電燈が一斉につくとサービスタイムですという放送が流れる。壁の方へと向かって客が並び始める。先ほどの蝶マスクの踊り子が全裸でもう一度出てきて左隅の一角にカーテンを引く。室人も興味があったので並んだ。客が一人づつ入って行く。一人数分で出てくる。室人の番になったので彼も舞台に上がった。
カーテンの中には先ほどの蝶マスクの踊り子が座っていて横にテッシュペーパーの箱が置かれていた。踊り子の身体は汗がにじんでいて金粉が光っていた。
踊り子がさあ、立ったままでズボンを下ろしてと言った。 室人が確信をもっていたわけではないが、「君はもしかして、、、」と言った。 「オレ、オレ、谷田貝室人だよ、君もしかして、中学の時の川名アザミじゃない、、、」
踊り子はハッと驚いた顔をして下を俯いたが、 次の瞬間に顔を上げると室人の顔を繁々と見つめた。 それから、蝶マスクを外した。そこにはキレイなアザミの笑顔があった。 中学の時のアザミとこんなところで出会うことになるなんて、と思った。
アザミが室人に今何をしているのと訊いた。今は大学生で来年卒業だと言った。あっけにとられている間に時間が過ぎて行った。カーテンの後ろから、何をしている早くしろ、次がつかえているという罵声が聞こえた。 アザミが今日仕事が終わったら会わないと言った。地下鉄の駅の前のコンビニで夜9時に待っているようにと言った。室人はアザミに待っていると返事をしてカーテンから出て舞台を降りた。その後に室人は壁沿いに人を除けながら歩いてすぐに外に出た。
劇場を出て、ふと見ると佐野の知り合いという男がいた所にソープランドあった。室人はアザミとの約束の時間まで何をしようかと思った。佐野は室人にストリップショーを見た後にソープランドに行くようにと言っていたが、今の室人は今晩アザミと会うことで頭は一杯になっていた。
もし、この時に室人がソープランドに行ってからアザミに会っていたら彼のその後の人生行路も変わっていただろう。
しかし、彼の心の中は決まっていた。
今はアザミに会うしか他に何もない。
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