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作品名:反復の時 作者:くーろん

第72回   タバコ屋の前で立ち話
歓楽街から一つ通りを入った風俗の並ぶ裏通りの四つ角のタバコ屋の前に佐野と室人は来ていた。角向いにストリップ劇場が看板を出していた。
平日の昼間で天気もよかったが人通りはほとんどなく、得意先を回る配送小型トラックが行き交い、遠くで酒瓶のすれ合う音が聞こえた。そしてまた静かになった。
繁華街に中であるにもかかわらず、そこには暖かい日差しの中で安らぎと平穏を感じさせる時が確かに存在していた。

その時、一人の男が二人のほうへ近寄って来た。
男は佐野に何か話しかけるようなそぶりを見せたが、突然に佐野を避けるように引き返し始めた。「掛井だろう、どうして逃げる」と佐野が言った。
佐野がその男を捕まえるように駆け寄ると、二人は何か立ち話を始めた。

室人は二人をずっと見ていた。

掛井と言われた男は佐野が大学院の時の同期生だった。二人は桜が咲く頃に同じ研究室に入って大学院生活をスタートした。佐野は大学院を修了して博士号を取った。しかし、掛井は博士号を取れなかった。その後何年も博士浪人を続けていた。

掛井が就いた田加賀教授というのが非情なまでの学問の堅物で、掛井が博士論文を出すのを認めようとしない。他の教授達は田加賀教授のようなことをすれば大学院生の指導教官として自分の能力まで問われかねないので、大学院生にトコロテン式にドンドンと博士号を取らせていた。しかし、田加賀教授は頑として安易に妥協することを良しとせずに掛井に研究を続けるように言った。そして十年が過ぎた。
その間に掛井は何度も博士論文を書き直しては田加賀教授のところに来たが教授は承認しなかった。掛井は最初の頃は毎日のように研究室に来ていたが、暫くすると夜だけ来るようになり、深夜にごそごそとやっていた。そのうちに、掛井はほとんど来なくなり、現在は滅多に来ない。掛井はソープランドの客引きをしているという噂を佐野は聞いた。ところが、田加賀先生は佐野に会うと掛井はどうしていると尋ねる、そして、研究室へ出てきて博士論文の研究を続けるようにと言うのである。
田加賀先生から度々言われてきたので、佐野は掛井と話をすることにした。

佐野が室人の近くにもどって来た。「先生、あの人は誰ですか」と室人が訊いた。

佐野が言った。「俺の知り合いでこれからサテンで話をする要件ができてしまった。お金は出してやるから、悪いが一人で行ってくれないか。それから、谷田貝は今、先生と俺のことを言ったな。俺をそう呼ぶのであれば、確かに大学でいる俺も世間では教育者ということになる。学生であるオマエとストリップショーを見に行くのは教育者の規範には反していると世間は言うだろうな。だから、ここまでにすることにした。」

「わかりました。心配しなくていいです。しかしお金までは要りません。大丈夫です」と室人が言った。

室人は佐野に別れを告げると真っ直ぐに4つ角の向こうにあるストリップ劇場に向かった。


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