人が時に適って生きるとは時間性に従うことを意味している。 時間性に従うと言うことは長いスパンで物事を考えることであるが、物事を認識する際の即物的な側面は失われる。 頭で考えていることは記憶によって組み立てられている認識であるが、現実にその物を見た時に得られる認識とは異なっている。 まったく当然のことであるが、自分の人生を考えたり、将来の目標を考えたりするときには時間性の視点に立っている。 そこでは即物的視点は抜け落ちている。 即物的視点は人間存在にとっては雑多事象であるので抜け落ちてしまい、より重要な核心的問題を考える際には観念化された認識のみで行われる。 鍛錬、修行 disciplineと言われるものは時間性において長いスパンで成し遂げられるものである。しかし、人生は平たんではなく、挫折や苦労をともなう。人はすぐに時間性の中で設計される自分に疲れるだろう。若くしてすでに疲れてしまった人も多くいる。ある時から時間性の中の自己をwatchすることを止めてしまって刹那的に流されて生きている人も多くいる。彼らは即物的であるが、時間性からは逃げている。 人間には時間性の視点と即物的視点の両方が必要である。即物的視点は認識世界に多点として置かれる。その一つ、一つはなんらかの象徴的な意味を持っているが、そのすべてに関与しているということが人間が生きているということではないだろうか。
可奈子は時間性の中で生きてきたが、ある出来事をきっかけに自己世界に即物的視点を多点的に導入した。それは人間存在の新しい段階を意味する。それでは、可奈子とサナエの関係を見てみよう。
テニスコートを出た後に、二人はファミレスに来ていた。冬の日の夜だった。店内は人が少なかった。 サナエとこうして向かい合っていると可奈子は先ほどのテニスコードでの出来事がまったく別世界で起きた出来事のように思えてきた。 可奈子は身体に続く熱りを感じていた。彼女は快楽へとのめり込んでいく女子ではなかった。時間性への敬意が刹那的ものを否定していた。それでも、自身の身体に起きている熱を冷まそうと心に涼しい風を今は取り込もうとしていた。 燃えるような身体の熱りを冷ましてくれるのは乙女チックな拘りであったが、その芯は凍るような冷たさがあったので彼女の身体の熱を確実に冷ましてくれていた。その冷たい核心部分からは乙女チックなものへのこだわりも発せられていたので、まるでクールに天空の星を一つずつ数えているかのように心が身体を冷やしていった。それは着陸態勢に入り高度を下げ始めた旅客機のように心のひだをゆっくりと旋回しながら降りて行った。
なぜ今日は興奮と情熱からサナエにキスをするような激しい行動をしてしまったのかと言う思いにも至っていた。サナエのブランドを知ることでブランド感覚を自分のものにしたいという一心不乱の気持ちもそこにはあった。それでも、ヴァージンベルトが彼女をためらわせていたがやはり一線は越えられない操という問題もあった。あまり裕福でない家庭に育ったためにスルーしてきたブランドにあこがれを持つと同時に泣きたいようなひけ目もあった。それは劣等感にまでは高められる前の段階であったが悲しみを含んでいた。そこにもあの凍るような芯から発する冷却効果が充分に作用していた。 操を守ることすらやめてしまった自分には一体何が残るのだろうという空虚感と不安感の気持ちもあった。 ここで最後の紙一重のクオリテイを彼女は重視して拘っていた。それが性的な衝動から彼女を一歩後に押しと止めていた。可奈子のヴァージンベルトに身体に刺青入れているような恐ろしい執念の成せるトラウマはなかった。というのは、一点から別の点へ軽やかに移りフォーカスできる自由度があったからだ。彼女は操のことに固執して一点集中の自閉症的な引きこもりのように後ずさりへと行かずに多点的な世界に身を置いていた。
可奈子が言った「サナエとはこれからもずっと友達でいたいわ、でも今日のようなことはなしにしよう、これから学校のほうも忙しくなるから遊んでばかりいられない」。
サナエは自分を裸にして情熱的にキスした可奈子に欲望を感じるようになっていた。リケジョだったサナエは可奈子のように身体の熱りは無かった。サナエの身体はいつも冷血動物のように冷たかった。 人間も猿から進化したと進化論を述べて、人前で避妊ピルをバリバリと飲みこんでからたくさんの男と乱交セックスをするリケジョもいる。 しかし、身体は熱く燃え上がることなく冷めた理性が疲れを癒すために変態性へと誘う。サナエもそんなリケジョだった。 可奈子がヴァージンベルトをしていることを知って、可奈子を思い込みが強い女だと、冷やかに見ていた。全裸の自分への強いナルシズムも起きていたが、裸の可奈子の身体に強い憧れと羨望も感じていた。可奈子への思いと欲望が彼女を魔法少女ケクレと言う仮想世界での遊びへと誘っていた。だからサナエも可奈子のヴァージンベルトの操を受け入れざるを得なかった。 サナエは可奈子との心と身体の共鳴を求めていた。共鳴するために可奈子を物にしたいと思おうようになった。しかし今である必要はなかった。ブランド品で可奈子を今後も自分につなぎとめておくことできそうだ。それからヴァージンベルトのような操へのこだわりがあるから、可奈子を男にすぐに取られることはないだろうと予想した。それでいい。しばらくは少し距離をおいてもいいと思うようになっていた。
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