真っ暗な中で目が覚める。 低い機械音が聞こえる、冷えた湿度を含んだ動かない空気がかすか含む金属の錆びた匂いがする、ここは大きな地下室のようにも思える。
毎日、朝起きて会社の4階の職場に駆け上がり一日を仕事に費やす真面目な会社員であれば、仕事が終わっても翌日の仕事のために心は会社という建物の一階に置いて帰るだろう。決して地下1階さらには2階に降りて行ってそこに心を置いて帰らないだろう。なぜならば、翌日の職場にスタンバイするには地下1階では5階分、地下2階では6階分まで駆け上がることになる。地下に降りていくということはそのような現実との接点が遠ざかることを意味する。1階に心をおいて帰った社員より地階の分だけ仕事にスタンバイするまでに余分な時間と体力を消耗する。だから一階に心はおいて退社するのが機動的であり仕事の生産性を高めることにもなる。しかし地下1階、地下2階、地下3階、、、と地下の世界が広がっているのも現実であり誘惑的である。地階に行ったままそこから戻って来なかった社員もいるぐらいだからその存在は誰も無視できないが、誰も敢えて言わない場所である。
そして、今ここはそのような地下に広がる空間の一つの地下室にいる。昼の顔と違ったペルソナで集う。どこからともなく低い低い暗い声が聞こえてくる、、、、
ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言う〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
昔、ある村の外れに一人の老婆が住んでいた。老婆は日中はよく家の入り口の椅子に腰かけて日光浴でもするかのように何もせずに座っていた。村の子が学校が終わった頃にここに立ち寄り、老婆から昔話をよく聞いていた。この日は一人の子供を相手に老婆が話始めた。
昔々にあった話。ある国に王様とその娘のうら若いお姫様が大きな城に住んでいました。王様は病気でした。父のことを心配していたお姫様は、ある天気の良い日にお城の近くの森へ王様の病気が治る薬草を取りに侍女と一緒に行きました。その薬草は深い森の中の湖のほとりにありました。湖に浮かぶような小さな古城が建っているのが見えました。古城は荒果てていて人は住んでいないように見えました。それからお姫様は王様のいるお城に戻るために帰ろうとしましたが、帰り道に迷ってしまいました。気が付いたら、お姫様と侍女は再びあの湖まで来ていました。もう日が暮れようとしていました。
その時、一人の悪い魔法使いが森の中から出て来ました。魔法使いはもう夜になってしまったから明日の朝に帰り道を教えてあげるから今夜は私のお城に留まっていけばいいと言って、先ほどの湖に浮かぶ古城を指さしました。 お姫様と侍女は夜の森は危ないと聞かされていたので、もう日も暮れていたので魔法使いに従いました。湖畔には魔法使いの乗って来たボートがありました。二人はボートに乗り込むと魔法使いがボートを漕ぎ始めました。古城に着くと魔法使いは二人を中に案内しました。
魔法使いが二人の部屋を用意したと言って城の塔の最上階まで螺旋階段を登って行きました。部屋には大きな鏡が置かれていました。これは魔法の鏡だよ、見てごらんと魔法使いが言った。お姫様が怖がったので、侍女が魔法使いに詰め寄った時、魔法使いが魔法の杖を振ると侍女は花瓶になってしまいました。お姫様が驚いて花瓶となった侍女を取り上げようとした時に鏡を見てしまいました。その瞬間にお姫様は一羽の白鳥になってしまいました。白鳥に姿を変えられてしまったお姫様は悲しそうに鳴きました。魔法使いは言いました、オマエはもうその運命から逃れることはできない、しかしどうなるかはオマエ次第だよ。翌日の早朝の朝もやの立ちこめる湖に塔の窓から飛び立つ一羽の白鳥が見えた。白鳥は悲しそうに鳴いた。
話していた老婆の声が途切れ居眠りを始めた。 子供が老婆に言った、それからどうなったの、それからどうなったの、
老婆がまた話を続けた。
それから、時々、夕暮れになると一羽の白鳥が湖に飛んできました。白鳥は忘れな草の花を銜えていました。そして、夕日が落ちるまでの束の間、元のお姫様の姿にもどりました。それから、お姫様は花瓶にされてしまった侍女に独りでさびしかったでしょう、と言ってさきほどの忘れな草の花を花瓶に差してあげました。嬉しかったのか花瓶がコトコトと小刻みに震えました。そして夜は塔の部屋で過ごし翌朝に白鳥に姿を変えてまた飛んで行きました。
老婆の声が途切れ、またコックリ、コックリと始めそうになったので、子供が老婆に言った。それからどうなったの、それからどうなったの、
老婆がまた話を続けた。
お姫様の白鳥がたくさんの白鳥と一緒にこの湖に降り立つこともあった。そんな日の夕方にはお姫様の姿にもどってから塔と城の屋上を一人彷徨うような姿が見えた。そして城壁に腰かけながらはるかかなたに広がる夕焼け空と沈み行く夕日を見ながら自分にかけられた魔法による運命を嘆いた。どうすれば、この運命から自分は解放されるのか。今の自分には何もできないと、運命と言う壁の前で泣くだけでした。城の屋上からお姫様が下に目をやると、湖面に浮かんだたくさんの白鳥もお姫様の悲しみをわかったのか一斉に鳴いた。夕陽が落ち夜の帳がまさに落ちようとするときに明るく光る星が見えてきた。あの星のように最初に私に光を投げかけてくれ、私をこの運命から解放してくれのは誰、それは誰、それは誰と、お姫様は自問した。その時、星の向こうに1人の王子様がいるように思えました。そう、それはいつか来るであろう王子様。お姫様にかけられた魔法を解くのは王子様が来なければできません。そのことをお姫様は確信しました。 こうして毎日湖畔の古城で王子様を待ち続けるのでした。 しかし、お姫様はこうして待つことしかできないのです。それが魔法使いが言った運命なのでしょう。
老婆は眠り始めていた。
ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言うぞ〜ニヒル言う〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
地下室の匂いと空気を可奈子は思い出していた。サナエに話をしてしまったことを後悔した。やはり誰にも言えないことなので墓場まで持って行くしかないと思い封印することを誓った。
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