即物的であるだけでは人間の本質に適っていない。室人の意識が未来性に偏っているという現実においては彼女が現前している存在者として彼にとって意味を持つというだけでは不十分である。可奈子が未来性における存在者として位置づけられた時にはじめて彼女は彼の中で特別な存在となったいうことが確認できる。 それは、午前中最後の授業が始まる前のことだった。明日は祭日で、午後の授業はない。ところが、教師がなぜかなかなか来ないので、皆落ち着かず、帰り支度をして鞄を机におく生徒もいた。すでに、何人かはいなくなっていた。そして、なぜかわからないが、彼女もいなかった。しかし、室人は彼女は必ず教室にもどって来ると思った。 まだ現われない、まだ現われない、まだ現れないと思いながら彼女のことを思った。 目を瞑れば彼女の姿をはっきりと見えるのに、目を開けば彼女がそこにはいない。 彼女の不在感が彼をメランコリーにしていた。 やがて、遠くから廊下に足音が聞こえてくる。 彼女だろう。彼女だろう。彼女に違いない。きっと彼女に間違いない。 幸せが近づいてくる足音を聞くかのように、彼の心は浮き立ってくる。 話し声もするのでどうやら2,3人のようである。 彼女とその友人の2人だった。 最初に彼女は教室内をおそるおそる見た。授業が始まっているのかどうか、教室の雰囲気がどうか知ろうとしたのだろう。その時、彼女と彼の視線があった。 その時の彼女は「何だ、またあなたと目があってしまったのね」という顔をしていた。 生徒の一人が、教師が来るのか授業がないのか、彼女たちに問いただす声が後ろの方でした。彼女は知らないと言って席についた。 それから少しして、教師が現われ、授業がいつものように始まった。
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