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作品名:反復の時 作者:くーろん

第58回   58
日曜日が来た。今日も朝から曇り空。室人はハロウインの夜に可奈子に電話してからも彼女のことが気になっていた。あの時の電話の声質からして彼女は彼のことをどう思っているのか気になった。彼女は気が変わってしまったのだろうかとも思えた。しかし、彼女は今日デートに来ると言ったのだからその彼女の言葉を彼としてはただ信じるしかない。

彼は待ち合わせのバスストップに行った。天気は悪い、雨になりそうだが、コンサートは屋内だから問題ないと思った。
彼女が来るとしたらあの曲り角から現れるだろうと思ってそちらを見ていた。
約束の時間は来た、今にも彼女が曲がり角から現れそうに思えたが別の通行人ばかりだった。
バスが出る、そしてまたバスが出る、彼女は来ない、そしてまたバスが出る。彼女は遅れてくるとは思えない、時間にはきちんとした性格だからだ。しかし、来ない、来ない。室人が曲がり角の方ばかりに気を取られていると、突然に彼の後ろで声が、振り返るとサナエが立っていた。サナエは今日の天気のような暗い色のレインコートを着ていた。

「白鳥さんは待っても来ないよ、、、、、」サナエの声は凍るような冷酷な響きに聞こえた、そして頼まれた手紙を彼に手渡した。

そこに書かれていた言葉は、

今日は行けません。

ゴメンなさい。

それから今後は会えません。

理由は聞かないで。

どうかお別れすることを許してください。

白鳥可奈子

室人はがっかりしたように俯きながら落ち込んで行った。
サナエが何か声をかけようとしているようだが言葉が見つからないでいると、室人はサナエに別れの一瞥をすると一人で歩き出した。どこまで来ただろうか、呆然と歩いていると彼は川に沿って歩いていた。虹を見たのを思い出した。あの時の虹はどこへ行ってしまったのか。中学3年の頃に夏祭りでここを帰った。あの時に彼女もいたことが思い出された。今は川は泥水が勢いよく流れていた。そして、歩いていくと公園があった。公園にはブランコ2つ並んでいたが、今は誰もいない。辺りは天気のせいで暗くなってきた。室人はブランコに手を触れたが座らなかった。

ブランコの向こうに昔のように大きな大木が1本あった。頑なな意思で天に向かって真っすぐに伸びているその大木の幹に彼は手を置いた。
その大木の横にもう一本昔あったが落雷を受けて引き裂かれた大木の残骸が伐採されて木株だけになって残っていた。室人はその大きな木株に腰かけた。遠くで落雷が聞こえる、少しづつ近づいて来るようだ。

彼は信じられない現実を確認するかのように先ほどの手紙を開いた。
そしてそこに書かれている言葉を見つめながら、彼女の心変わりがなぜかと思った、わからない、いくら考えてもわからない

その時に手紙の上に雨が一滴、そしてまた一滴、と落ちては流れはじめた。

雨がパラパラと降り始めた。

彼はどうしてこうなったのかと自問したが、ペルソナの下の彼女はわからないし、彼が無理にそれを知ろうとすべきではないと思えた。
彼女が別れることを決めた気持ちはよほどの何か理由があってのことだろうが、自分がそれを今知るべきではないと思った。人はペルソナの下で生きる。人類が生誕して以来、いつの時代にも人はペルソナの下で生きてきた。ペルソナ無くして人が生きることはできない。ペルソナの存在を否定できないとすれば人はどうすればよいか。ペルソナの下に隠された様々な感情や観念にどのように対応すればよいのか。
人が見ていなければ悪を働く誘惑に人はかられるものである。やがてそのような人は悪の仮面を被って生きることとなる。一方、人が見ていなければ、人の善い行いも認められることはないと普通には考えられる。正しい仮面を被ると言うことは人から報いを求めないという立場だ。室人は己のペルソナの下にある感情や観念から少しでも善い行いに繫がるような心がけようと思った。

雨が激しく降り始めていた。彼はずぶ濡れになっていた。落雷も近づいて来てすぐ近くで閃光が走り衝撃音が響いた。しかし、一度落雷があったこの大木の木株には落ちることはないと彼には思えた。それでも、落ちれば、自分を選んだ運命に従って諦めてやる、と思った。

しばらくすると雷雨が通り過ぎ雨も小降りになった。彼が立ち上がって帰ろうとした。
その時に、茂みの葉影から一匹の黄色い蝶が力なくユラユラと舞いながら大木のほうへと飛んで行った。
雨宿りしていた蝶が小降りになったので別の快適な場所を求めて飛んで行ったようだ。
蝶が見えなくなると、彼は来た路を帰って行った。


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