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作品名:反復の時 作者:くーろん

第54回   Unbalanceに揺れる心体の狭間で思う
カーテンの隙間から斜めに差し込む光線が薄暗い2階の部屋に午後の陰影を作り出していた。今は何時だろうか。部屋で一人寝ていた斜人はその陰影から時刻がそろそろその日の昼下がりを過ぎようとしていることを悟った。

天気のよい休日であったのに斜人が寝ていたわけは彼の心体のbalanceが悪いので朝から起き上がることができなかったからだ。しかし、彼は病気ではなかった。彼の心体のunbalanceは外からの見た目ではわからなかったが、彼はbalanceが生まれた時から右と左で違っていた。彼はそのunbalanceに苦しんでいた。ときどきunbalanceゆえにこのように横になって休んでいなければならなかった。病気でもないのに寝ているので周囲の人々から彼は怠け者か軟弱者と思われることもしばしばあった。軟弱と思われるのが嫌なので彼は人一倍に努力した。その甲斐もあって、彼は運動神経においても学力においても驚異的な集中能力を発揮することができるようになった。しかし、彼が力を出そうとすればするほど、益々心体のunbalanceはひどくなり彼を苦しめるようになった。
だから、昨日から倒れ込むように部屋で横になったままで寝ていたのだ。

彼の部屋にはスケートボードが壁に立てかけられヘルメットが掛っていた。balanceのよい時には彼はスケボーで驚異的な運動神経を発揮することもできた。彼にとって時間は持続的に流れていくものではなかった。心体のbalanceがよい短い刹那こそが彼に与えられたこの世で生きていくすべてであった。
unbalanceで横たわる時間は彼にとっては死んでいることと同じ無価値な時間であった。斜人は人から軟弱と思わることなく認められるためには、この刹那に勝負していくしか生きる選択肢は無かった。
彼は高校の受験では上位の難関と言われる高校に合格できる実力は持っていたが、彼は受験当日の心体のunbalanceゆえに失敗して不合格となった。時間は彼のunbalanceとは無関係に状況を設定する。彼にとって生きているとは状況との闘いであり、状況の中に見出される短い刹那に自らのbalanceを共振させることができるかどうかということである。斜人が共振させることができたときに彼は大きな力を発揮できる。しかし、今はどうか。unbalanceからやっと回復して這うように起き上がったところだ。

斜人は部屋のカーテンを開けて2階の部屋から窓の外の景色を眺めた。
昼下がりの通りに人が行き交っていた。
その中に、映画をみてデートの帰りの可奈子と室人の姿が斜人の目に飛び込んできた。
可奈子を見て、文化祭の時にスケートボードの演目を彼がスッポかしたことを思い出した。斜人はあの時も心体のunbalanceが突然に襲ってきて会場に行くことができなかったのだ。彼はその事を誰にも言うことはできなかった。あの時の事でに可奈子が彼のことをきっと怒っているだろうなと何も知らない可奈子を見ながら斜人は思った。
こうしてその二人を見ていると、室人が何かを話しかけことに対して、可奈子が顔が壊れんばかりに笑顔で笑い転げたのが見えた。般若の顔が壊れたような可奈子の笑顔を斜人は見たときに、彼女を愛おしく思うと同時にあそこにいる見知らぬ少年をうらやましく思った。あの少年が彼女の新しい彼氏かと思うと、室人に彼女を取られたと言う悔しさと悲しみが込み上げてきた。その抑えられない心の葛藤が鋭いナイフの振り子のように彼を再びunbalanceな心体へ戻すかのように揺れながら彼の心を引き裂いて行った。彼はそのunbalanceな心体の苦しみを癒すために軍艦のように大きく飛び出した彼の額で近くの柱に激しく数回頭突きした。斜人の額から血が流れると彼のunbalanceな心体の苦しみは額の痛みによって打ち消されていった。

しばらくして額の出血が止まると、斜人は外に出た。そしていつものファーストフードレストランに入った。ホットドッグとコーヒーを持つと広々としたテラスの窓際のスツール席に座った。呆然と外を見ながらホットドッグに食らいついた彼の後ろから声がした。

「今日は女子に振られたような顔をして一体どうした?」

振り返るとすぐ後ろのテーブル席にあいつがいた。あいつと言うのはこのファーストフードレストランで知り合った少年であった。あいつのことはほとんど何も知らない。
近くの難関で名門と言える私立高校の生徒らしいと言う以外は。しかし、ときどき言葉を交わす。あいつはしきりにタブレットのパネルの上をタッチしながら何かを調べている。斜人はあいつに言葉を返した。

「そういう君はここで何をしているんだ?」

パネルを見ていたあいつは応えた。

「ぼくには時間がない。毎日のバイトに追われて自分の時間が持てない。未来の自分に投資するにはこうして中途半端な待ち時間を利用するしかない。つまり、ぼくは勉強しているということだ。
しかし、今日の君を見て感性の起伏に生きているように見えた。時間の無いぼくには君がうらやましくも思えた。どうやらぼくの理性が毎日の淡々としているぼくの近頃の生活に黄色信号を出して少し立ち止まるように言っているようだ。
深くは考えなくともいいよ。ぼくは刹那的な気分転換を君に求めているだけかもしれないから。今の君が女のことで悩んでいるんじゃないかと直観できたのも気分転換を求める理性がやっていることだから。」

斜人はあいつの言っていることを面白いと思ったが、自分自身に応えるように言った。

「今日のぼくは失恋したようだ。悪いのはぼくのほうだが。今日偶然に彼女を見て彼女のことをぼくは好きだったと言うことがはっきりした。
しかし、同時にもう恋が終わっていることにも気がついた。
彼女はピアノをひくのが好きで、ローラースケートも得意でぼくと話が合った。
彼女とぼくはお似合いのカップルになって未来と言う物語を作ることができただろう。
でも、もう遅かったようだ。彼女はぼくの手の届かない遠い存在になってしまったようだ。」

あいつは斜人の話を聞くとハッとしたような顔をしたが何か言うことをためらっていた。それから、窓の外の遠くに視線を置くと言った。

「ぼくにも好きな女子がいた。彼女はピアノが好きで将来ピアニストになりたいと言っていた。今の彼女がどうしているかは知らない。
君と同じできっと遠い存在になってしまったんだろう。」

あいつはこの話は終わりにしようと言った。
斜人はあいつがタブレットを閉じてノートを見ている時にそこに早川零人と書かれているの。をチラリと見た。あいつの名前を知った。
斜人は黙っていたが、では今日は失礼と言ってあいつは先に席を立って出て行った。


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