エスカレータを降りながら室人はこれからどうしたものかと迷っていた。 本当はあの映画を見たったのにどうすればよいかと思うと自分をこの先の見えない状況に追い込んだ可奈子に腹が立ちも感じたが、すぐ自分の前にいる彼女の異性としての反作用が気持ちを和ませていった。困ったことに他に映画の新作ロードショーはやっていない。このまま映画を見ないとすればどこに行くべきか。
エスカレータが最後の数段を残して下の階へと吸い込まれようとしているまさにその瞬間、隅の地下1階に連がる階段に小さな名画座と言う看板が出ていた。そこでは古い映画を上映していた。看板には「カサブランカ」上映中とあり、今にも接吻しそうなまでに顔を近づけている男女のカットがペイントされていた。室人はそのカットが映画のクライマックスシーンだろうと思い、その重要な一枚のカットに至るまでの男女のドラマに興味を持った。彼は看板を指さすとこの映画を見てはどうかと彼女に言った。 可奈子はその映画館と看板の上映中映画が古めかしい雰囲気が神棚に飾って忘れ去られたカビの生えた鏡餅のように思えたので見たいとは思わなかったが、自分が彼の希望を一度断念させていたので今度は彼の希望に仕方なく付き合うことにした。彼女は彼の方を見ると自分も見たいと言ってしまった。
館内に入ると上の階に比べてすべてが見劣りがすることが予想できた。観客は少なくほとんどが年配者で、高校生で来ている二人は少し場違いに見えた。室人はやはり入館したのは間違いだったのかと思った。そうこうしていると開演と同時に暗くなっていった。
最初に広告があり、近日上映予定の広告が始まった。これが結構室人には長く感じられた。まだ終わらないまだ終わらないと思って見ていると、最後に「女狐の匂い」とかいう洋画の紹介があり、室人は成人指定映画かと一瞬ビックリしたが、ある文豪の書いた著名な小説の映画化だと言う紹介が出た。高級そうな鼻筋の真っ直ぐに通った金髪美人で露出狂の貴婦人が主役の作品である。その金髪美人は真っ赤なハイヒールを履いて全裸で豹の毛皮のコートを着て至る所に現れる。そして、車を降りる時に運転手の前で、オフィスで応対する社員の男の前で、夜会で知り合った紳士の前で、突然に毛皮のコートの前を開く。女の裸は映されずに、衝撃!!戦慄!!放蕩!!絶倫!!などと言った言葉が踊り狂ったように画面一杯に表示され、音楽とともに凄まじい衝撃音が鳴らされる。室人は横に可奈子が座っていることを思うと顔が赤くなってきた。自分が今日のデートのために準備してきた雰囲気をぶち壊すかのようなこの映画の近日上映広告が早く終わってほしいと祈るような気持ちになったが、これでもかこれでもかと続いていくのであった。 可奈子がどう思っているのか気になってチラリと見たが、意外にも彼女は平然と座って見ていた。そんな彼女に逆にびっくりしてしまった。そして、やっと見たくなかった予告は終わった。
「カサブランカ」が始まった。モノクロームの古そうな映画。男女は一緒になれるのだろうかと室人は思って見ていた。結局の所、ラストに男女が別れることになったのでHAPPY ENDでは無かったが、未来への希望のようなものを感じさせた。彼はこれは何だろうと思った。彼女は黙って見ていた。何を思ったのだろうか。
|
|