夕暮れ時、昼間の喧騒に彩られた世界が色彩を失ってセピア色に変わろうとする時刻。それは事物から感性が取り除かれリアルな事実としての存在者が人の前に現れるときである。 文化祭で出たゴミの処理を兼ねて集められた立て看板のベニヤやがれきが校庭の中央に集められ火がつけられた。パチパチと火の粉が勢いよく上がり空に向かって燃える火の光が照らし出す時、沈んだ太陽への余韻を惜しむかのように人は舞踏を求めるものである。 認識が事物の本質にこれほどまでに接近できる状況において人はなぜ舞踏を求めるのか。その答えは死である。人が死すべき存在者であると言う動かせない事実に裏付けられた認識があるからである。 認識するということは人の一つの在り方に過ぎず、認識する以前に人は身体により世界と感性を通じて関わっている。死を直視するより人は世界との戯れ、遊びを求めるのだろうか。人が死すべき存在者であると言う認識は終わっていると言うことである。しかし、身体の死はまだこの夕暮れ時に来ていない、終わりはまだである。そうなると身体の方へと意識が志向する。この時に反復されることが形式化したのが舞踏である。終わり有る存在者に死の直視のみに専念せよと言うのはあまりに酷な話ではないか。今少しの戯れと遊びは舞踏と言う人の在り方で許されてもさよいのではないか。舞踏無くして一日が終わるのは空しい事と言われる、舞踏が今日と同じでない明日の切り口を開いてくれる希望であると信じてみようではないか。 さてすっかりあたりは暗くなってしまったので人々の集う焚火のほうへ行ってみよう。
校庭にフォークダンスの音楽が流れ始める。可奈子は焚火から少し離れたところに細身で俯き加減で立っていた。深く意識に内向していた彼女だったが、いつしかその耳元にフオークダンンスの音楽が流れ込んで来ると、まるで遠い世界から連れ戻どされたかのように彼女の意識の志向性が燃え上がる炎へと向けられた。焚火の炎の照り返しが彼女の頬を深まる夜の闇の中で赤く照らし出していった。その頬は桜色で垂れ下がる柔らかな栗色の髪の織り成すシルエットの中でまさに絶望の岸壁に立ち希望の光を求める少女の生命力のようにも見えた。彼女の視線がたどる闇の中、揺らめく焚火の向こうに一人のすらりとした長身の男子が立って彼女のほうを見ているのに気がついた。その男子は室人だった。室人はこの文化祭に来ていたのだ。その日、室人は化学部の展示場でサナエに会った。サナエは可奈子が企画した大イベントで失敗して今は意気消沈していると告げた。そんな白鳥さんを慰めることができるのは室人だけだからフォークダンスに出てねと室人に頼んだ。そして今、焚火の向こうに室人が立っていた。
彼女の心に走馬灯のように中学3年の頃の思い出が流れた。室人を数学の時間に大きなコンパスで黒板に作図する室人を初めて意識した。あの時より室人はさらにハンサムに成長していた。可奈子は少し前まで今日一日のことで悔んだり悩んだりして落ち込んでいた自分を恥ずかしくなり照れ笑いしながら室人のほうを見るのであった。室人は今日ここに来て見て昔の可奈子をそこに見ていた。彼女は変わらないな、と思ったりしたが、それは昔も今も同じで室人が彼女を知らないと言う意味で変わらないと言うことでもあった。
ダンスの音楽が流れいたが、誰も最初は焚火の近くに来ないし踊る者もいなかった。そこで、さあ、皆さん、ダンスが始まりました、早く焚火の周りに来てください、そして近くの人とペアになってください、と言うマイクの声が流れた。可奈子も室人もこの声を聴いて、今ここでダンスを始めるのはあまりにも出来すぎているのでどうしょうかと言う気持ちで一瞬迷うような仕草をした。しかし、最初に動いたのは可奈子のほうだった。生徒たちが焚火の周りに集まり始めると可奈子も、さあ、あなたも私に今日は会いに来たのでしょう、と言わんばかりに室人に鋭く一瞥して、前に歩き出しフォークダンスの仲間に加わった。慌てて室人も可奈子につられて仲間に加わった。 定番のオクラホマミキサーでペアになった者同士が踊りを始めた。可奈子と室人は焚火の反対側にいたので、各々近くにいた人とペアになって踊り始めた。そして、ぺアを変える、ペアを変えて進んでいく。室人はまだ可奈子とペアになるには前に3ペア残っているが、その前に曲が終わるのではないかと心配したが、運よく曲が終わる前に可奈子とペアになった。 室人が、白鳥さん久しぶり、と短く挨拶してペアとしてぼくと踊ってくださいと言うと、そっと可奈子の手を取ろうとした。彼女は彼のほうを見ることなく俯き加減であったがおびえるようにうなずいた。彼女の手は細く冷たかった。こうして、室人は初めて可奈子と手をつないだ。彼女は彼に従って合わせるように踊った。短いふれあいであった。そして、オクラホマミキサーがちょうど彼らのペアで終わった。
室人が彼女に少し話そうと言った。二人はダンスの囲いから出た。二人は並んで立った。すぐに引き続きオクラホマミキサーの音楽が始まった。二人は踊っているペアの向こうの焚火を見ていた。二人はすらりとしてお似合いのカップルにその時見えただろう。皆もあの見慣れないイケメンの他校の男子は可奈子の元カレだと認識できた。
可奈子が室人が彼の手紙の話でもここでするのかと思った。しかし彼が話し始めたのは手紙のことではなかった。手紙の話は二人にとってまだデリケートな話であり室人はその話を避けた。室人は、高校に入る前にスケートリンクに中学3年のときに言って楽しかったという話をした。可奈子も昔を思い出したようにあの時は楽しかったと言ったが、室人が今でもスケートは特異でよくやっているかと訊くと、可奈子は先日のスケートパークでの出来事や今日の斜人が来なかった一件を思い出したのか言葉が途切れ黙ってしまった。きっと彼女の顔にも翳りが生じていることが闇に焚かれる炎の中で室人は感じ取るのであった。とっさに室人はあまり聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのか話題をそらすことにした。しかし夜の闇と炎の作り出すロマンチックなコントラストが彼に他の話題に移るより直接的に彼の気持ちを彼女に伝えることへと彼を向かわせた。 その時の室人は夕暮れの中で燃える焚火と踊りを見ていて現実離れして平気で言えたのか、今度一緒に映画にでも行かないかと可奈子を誘った。はじめての室人からのデートの誘いであった。可奈子は彼の言葉を焚火を見ながら聞いていた。それから彼の方を見ると静かにうなづいて自分も是非行きたいと言った。
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