イケメン集団が過去との決別もつけることができず未来志向へと方針を変更出来ないでいた頃に女子の人気を集める一人の男子生徒がいた。 市ノ谷偕人という名前で小兵だった。偕人は小さい身体だったが、ネアカで元気そうに見え、冗談をいつも言っていたのでクラスの人気者であった。彼を見たら誰もが彼は身軽でよく動くという印象を持つ。 偕人のように小柄な男は小さいというだけで他者から優越感をもって軽んじられる傾向が世の中には多々起こり得る。場合によっては苛めの要因にもなる。
しかし、偕人はそのような自分のおかれた限界状況に本能的に対処したのか相手を見て機敏にいつも動いていたので苛めに会うことも無かった。彼は対人関係に努力して必死に他者からの批判に対抗していた。そのことが彼を開かれた人間として対人関係における成功をもたらしていた。彼はどんな人に対しても相手を知って相手に合わせようとしたので多くの知り合いもいた。それらの彼の多くの知り合いは友人とは言えないまでも少なくとも彼に敵意を持って存在はしていなかった。また、彼は成績は中の下だったが、優等生が好きな教師連中からもある程度の評価されていた。彼はすべての人の心にたくみに取り入る天性の才能があったのかもれない。
人間には表と裏がある。自分の知っている自分と他者の知っているが自分の知らない自分がいるように。人間の心の窓は4つある。直交座標で4つの窓を仕切るならば、第一象限に他者も自分も知っている自分、第二象限に他者の知らない自分だけが知っている自分、第四象限に他者が知っているが自分は気がつかないで知らない自分、そして第三象限に他者も自分も知らない自分、という分類ができる。偕人は己の置かれた不利な生存条件を他者の視線の延長線にあるものとして十分に理解していた。自分自身を知ると同時に将来起こるであろう自分に降りかかる他者からの禍もあるいは他者からの支援も予測できていたので彼は第二象限と第四象限を小さくし、自分が自由に活動できる第一象限の領域を拡大させることに成功していた。
実は偕人には隠された過去があった。中学校の時にあるスポーツクラブに通っていたがロッカールームで先輩たちによって輪姦されるという出来事があった。小柄であった偕人が体格のいい先輩たちに輪されたということは彼にとっては男として二度と立ち直れないような衝撃でもあった。男色行為により中国の宦官のように男の自尊心を失い、奸なる者として生きながらえることを彼は潔しとはしなかった。しかし、彼は死ぬことはできなかった。生きている自尊心をすべて奪われた現実を前にして成すすべもない。ロッカールームの床に一人倒れていた偕人が汚れた身体で起き上がった時に彼はこの現実を否定するために現実を冗談と笑いでしか見ないピエロに変身した。
彼はこの出来事を表ざたとすることなく自分自身の心の奥底の第三象限に封じ込めることで再生をはかることに成功した。男色レイプのような衝撃的な出来事が逆に行為そのものを当たり前であると自分の中で再認識させるようなやり方で自分の不幸な出来事を解消していこうとする者も多々いるだろう。 しかし。偕人は出来事の延長線で自分を出来事と和解することはなかったが、深い恨みのトラウマに憑りつかれることもなく自己改革に成功した極めて少ない人間である。
偕人の冗談や話は現実の痛みを忘れようとする刹那主義に基づいていたが、女子には大変好評だった。そして、男子からも彼のためにひと肌脱いでもいいと言う者が仲間として集まってきた。彼は小兵ながら女子からもモテる男になることができたので、彼の周りに集まってきた女子から選んで自分の彼女にすることもできた。
しかし、彼は自分の周りに集まってきた女子には冗談まじりの面白い話はたくさんしたが、その女子の中から自分の彼女を作ろうとはしなかった。彼はそれらの女子とは楽しい時間を過ごしているが、そのことはそれ以上でも無ければそれ以下でもなかった。 彼が興味を持ったのは白鳥可奈子だった。可奈子は彼の面白い話に乗ってくることは無かった。彼は何とかして可奈子が自分の集める女子の一人のようになることを期待していたが、彼の期待はことごとく外れた。偕人はすべての人の心に入り込む天性の才能があると言ったが、彼はここではじめて自分になびかない女子がいたと言うことで敗北感を味わった。
偕人が誰とでも話が合うということは彼が世間ずれした世渡りに長けた現実主義者だと言う見方もできるだろう。 しかし、彼は可奈子に対して寄せている好意、恋心とも言えるものはおよそ現実主義と言う観点から外れている。彼は「一人の女子がだめでも女子は外にも星の数ほどいるだろう」とは思っていなかった。偕人はそういう意味でロマンチストであった。
彼は可奈子に近づこうと苦心したがすべての試みが失敗に終わった。彼は可奈子が自分の持っているカテゴリーに収まり切れない女子だと知ったがどうすればよいかわからなかった。
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