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作品名:反復の時 作者:くーろん

第34回   34
真冬の寒い午後の人気のない坂道まで来ていた。
室人はその坂を見上げる。そして上っていく。灰色の寒空に震えるように街路樹の坂道が続いている。

北風が押し戻そうとする寒さを受けながらもジャンパー姿でマフラーに首を埋めるようにして坂を上る。
しかし、彼の気持ちは軽い、なぜならば坂道の上に何かがあると信じているからだ。
疑うという心がない自分の意識が透き通るように見えてくる。

これは昔あった感性だ、彼はそう実感したとき反復していた。
心は軽いがどこか物悲しいのはそれが昔在ったものであるからだろう。

やがて彼は坂道が終わる最後の一息になったときに振り返った。
長く長く続く彼の青春というだらだらした坂道が下に続いているのが見えている。
しかし信じていたから身も心も軽かったということがその時わかった。

坂道の終わった後に突然風が止んだ。冬の暖かな日差しを感じた。そして、彼の前に広がる光景。
観覧車が見える。遊園地が広がっている。ローラースケートアリーナもある。たくさんの友達が来ている。皆が呼んでいる。皆が早く来て待っていたんだ。可奈子の姿も見える。彼女も今日は不思議なことに手を振っている。まるで昨日までの蟠りがまったく無かったように思える。まるで夢の中にいるようだ。

零人も来ているし、加山サナエも川名アザミもいた。
ローラースケート場に皆で入った。白鳥可奈子は自分のローラースケートを持ってきていた。ロッカールームから出てくると赤いミニスカートでローラースケートの白鳥可奈子が見えた。

可奈子とアザミはコンビネーショントリックで滑っている。皆でつながって滑ろうと言うことになった。
誰が頭になるかと言うことで可奈子とアザミが自分がなると言って聞かない。
アザミは卒業式後の町内パレードのバトンガールをして以来自信満々で何で自分が一番目立つことをしたがる。
可奈子も今日はアザミに対抗意識を燃やしているようだ。ローラースケートには自信が相当あるようだ。
あるいは零人が来ていたし、室人もいたので、男子生徒の前で自分をアピールしたかったのかもしれない。
零人はそんな二人の口げんかをあきれて見ていた。結局2組に分かれることになった。
その時、室人は可奈子の後ろになった。彼女の腰に手を置いていた。彼女に触れるのはこれが最初であった。
彼女の背中を見ていた。背中が見かけより大きく見えた。すらりと伸びたきれいな背中だと思った。
アザミの後ろには零人がいた。数週回ったところで競争をした。ムカデの競争みたいに途中で転びそうに何度もなった。
室人の組が勝った。
頑張って汗を少しかいたので冷たい美味しいソフトクリーム、みんなで食べましょう、と言うことになった。可奈子は自分の組が勝ったので気をよくしたのかソフトクリームを買ってくると言った。

可奈子が買ってきたソフトクリームを手袋を外したほうの手で皆に渡した。
はいどうぞと室人にも手渡した。その時の彼女の目には優しさがあふれていた。
彼女に対しする深い親近感で吸い込まれていく自分を室人は感じていた。いつも近くいても感じる耐え難いあの距離感がその時は消えていた。おそらく、彼女に触れて一緒に汗をかいたからかもしれない。
ソフトクリームは冷たかったが室人の心は温まっていた。
彼女がソフトクリームを食べているのを見て、恋人同士だったら一つのソフトクリームをなめ合えるだろう、それが可奈子とだったら自分は幸せだろうなあと思った。
ソフトクリームを食べながら可奈子に何か話しかけようと思った時に、横からサナエが来て可奈子の手を引っ張って連れて行ってしまった。
サナエは零人も来ているのだから彼と話しなさいよと可奈子にお節介をしているようだ。
サナエには可奈子に手紙を渡すように頼んだことがある仲なので、室人は自分が無視されてブスッとした。

皆ソフトクリームを食べ終えてまたローラースケートを始めた。
滑っている可奈子の横に零人が来た。
可奈子は零人を見ずに無視するように「最近ずっと学校では見かけなかったけれど、、、、」
零人「いやあ、母が亡くなったりしたし、、、ああ、僕の母の通夜に来てくれてありがとう」
可奈子「卒業式にも来ていなかったし、進学したの?」
零人「公立は内申書でだめだと言われていたけど、試験で私立A高校に入ったよ」
私立A高校は難関の名門校なので、可奈子は驚いてハッとした。この人があの名門校に入れるなんて、入学金も授業料も高いだろうしと。
零人「僕は私生児だし、母が亡くなってからは一人だけど、ある人が金を出してくれている。中学の内申書は悪かったが、試験ではパスしたよ。面接で落ちるかと思ったりしていたけど、どうやらその人のおかげもあったのかもしれない」
可奈子は私生児という言葉を聞いてドキリとして、「ちょっとここを出て話しましょうよ」と言った。

室人と可奈子はリンクから外れたフェンスで外を見ながら話し始めた。
室人は1周滑って来たときに、二人が滑るのを止めてフェンスの近くにいるのに気がついた。

2周目に来たときにも二人は何か話しをしている。
室人は先ほどまで感じていた可奈子への親近感が冷えて、寒々として来た。

3周目に来たときは二人はまるで恋人同士のように見えると思えた。先ほどのソフトクリームのことが思い出されると、嫉妬の気持ちが起きた。

4周目でも二人はまだ一緒にフェンスの所にいた。
可奈子が室人が見ているのに気がついて室人のほうを見た。
零人も可奈子につられて室人を見た。

室人は自分があの二人のあの雰囲気に対して疎外感を感じ半泣きになった。どうしてかこの光景が悲しい。二人を見ている自分がとても悲しく思えてくる。こういう感情を卑屈な劣等感と言うのかもしれない。そんな室人の気持ちを見抜いたのか、可奈子が怒ったような顔でフェンスから離れまた滑り出した。

その時、室人の横にサナエが滑ってきて並んで滑った。
「ごめんなさい、今日はあの二人にチャンスを作ってあげたかったの、我慢してね」と言った。
室人はそうだったのかと思ったが、「加山、お前、白鳥さんと同じ高校になったんだろう、それから化学部を高校でも入部するのか」と苛立ちながら言った。
サナエ「ええ、化学部で本格的に実験したりできるから楽しみにしています。白鳥さんは何をするのか知らないけれど」

ローラースケートが終わると皆で観覧車に乗ることになった。
観覧車ではサナエがうまくアレンジしてくれたのか可奈子と一緒のワゴンに乗ることになった。しかし、そこにはサナエとアザミも乗っていた。
アザミはローラースケートのムカデ競争で負けたので悔しいのか、可奈子に対して反目しているように見えた。
室人の向かいに可奈子を座っていたが、下のワゴンに手を振ったりして、零人の乗った下のワゴンを気にしたりしているように見える。室人には可奈子の前に座っていても距離感を感じていた。可奈子とアザミの仲を良くさせたいと思ったのかサナエが雰囲気をすべて一人でかき消そうとしては外に見える景色を指差して冗談を言っては可奈子やアザミに肩をぶつけてケラケラと笑っていた。サナエはまるでピエロのように思えたが、室人にはサナエが可奈子に特別な気持ちを持っているとまではその時はまだ気がつかなかった。

こうして中学卒業後に高校入学までの期間の一日は終わった。


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