合格発表の日に駅のホームで可奈子に告白しなかった日以来、室人は霧の晴れない心でいた。 そして卒業式を迎えた。この漠然とした悲しみは何だろうと思いながら、淡々と進む授与式の中で独りこれまでの自分を振り返っていた。自分の名前が呼ばれ、校長の前に進み出て卒業証書を受けとった時もこれまでの自分を総括できたと言う自信はなかったし、将来に対する方向性も見出せていなかった。しかし、彼は証書を受け取った。それは一つの儀式であった。人間にとって儀式とは何か、今証書を受け取る自分もそうだが儀式というものは形骸化していると彼は思った。
そんなことを思っていると、校長の式辞、在校生の式辞が終わり、卒業生代表の挨拶が始まった。
一人の男子生徒と可奈子が檀上に上がった。
室人は紺のセーラー服の可奈子の後ろ姿をじっと見ていた。彼女の声を聞いていると彼の心に別の思いが湧きあがって来た。
それは次のようなものだった。
自分はまだ自分にとって真に意味を持った儀式を体験していない、
将来、儀式が自分にとって真に意味のあるものであると感じられる瞬間が来るのか来ないのか、それもわからない。
しかし、今日はこうして虚無と孤独の中で卒業生という集団の一人として儀式に参加している。
儀式を否定はしないが、いつか本当に意味があると感じられる儀式を今は待つしかない。
それは本当の自分を待つことにも通じていると思えた。
室人は男子生徒と並ぶ可奈子の二人の後ろ姿を見ていた。
卒業式が終わると、アザミらのバトンガールと室人の鼓笛隊を先頭に卒業生が正門前に並んでいた。
室人は小太鼓をたたきながら校門を出ると街頭へと繰り出した。
さらば、さらば、わが友 しばしの別れぞ 今は さらば、さらば、わが友、、、、、、、、、、、 身は離れ行くとも 心はひとつ いつの日にか また会いみん 幸(さき)くませ わが友、、、、、、、、、、、
さらば、さらば、わが友、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、 、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
この日のために町内会が車両を止めをしている街路を卒業生のパレードが進んだ。
沿道には人目卒業したわが子を見ようと詰め掛けた卒業生の親や見物人がいた。
室人はおめでとうと言う祝福の言葉が沿道から投げかけられたときも白けた気持ちでいた、
何ら感動もなく小太鼓を打ち鳴らしながらどこまでも進んでいく。
生徒の中には感動して喜んでいる者もいたが、その時の室人には何ら集団の中での止揚感というものを感じることは無かった。
しかし、そんな自分を周囲から見抜かれたく無かったので一所懸命に小太鼓を激しく打ち鳴らし、
集団の中の室人と言う個に歓喜、歓喜、歓喜が連続して打ち込まれる瞬間が来るのを期待して待ったが、それは来なかった。
町内会の広場でバトンガールがバトン投げを披露したとき、室人はアザミを見ていた。
シルバーバトンを高く投げて回転しながら受け取るアザミのしなやかな姿があった。
眩しい日差しを受けて汗が飛び散り、輝いているアザミの笑顔。
アザミのバトンに合わせて小太鼓をたたく自分。
泥亀のように生きている室人にとってアザミは新しい未来の可能性を感じさせた。
小市民の子供として生まれ育った自分にとって手に届く生きがいにあるだろうか。
個が全体の一部となったという一体感からくる感動はなく歓喜もない、心の底は虚無で、もの悲しい道を歩んでいながら、
アザミに一筋の希望の未来が見える。可奈子とは違った未来を室人に用意してくれているようにその時の室人には思えた。
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