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作品名:反復の時 作者:くーろん

第26回   26
室人が非(非彼女)として可奈子の存在を見ることだできるようになったことは彼にとっては幸いであった。可奈子を冷静に見ることことができるようになった彼自身が自身の立ち振る舞いも冷静に見て行動できる、心の余裕を持てるようになったからである。

人は2通りの存在で他者と関わる。つまり見る者と見られる者という関係である。室人は可奈子に対していつも見る者という立場でいた。見る者として可奈子を認識してイメージを作り上げていたが、見る者であるということは一方向の立場である。

自分が可奈子から見られる者であるという場面に彼は立たされたことはこれまでになかった。見る者であるということは能動的であり、見られる者であるということは受動的であるとも言える。見る者は評価をし批判する立場であり、見られる者は評価され批判される立場である。見る者は主観であり、見られる者は客観として存在しているとも言える。見られる者は、主観が誤った見方をすれば、誤ったイメージの客観として存在することとなる。つまり、見られる者は見る者の主観によって左右される。見られる者が見る者から投げかけられた主観を変化させたいと思うのであれば、何らかのアクションが必要である。しかし、見る者が何を見ているのかわからなければどうすることもできない。まず、見る者が何を見ているかを見抜かなければならない。そして見られる者は見る者の主観を自分の都合の良い方向へと誘導していかなければならない。

その日の午後は数学で幾何の授業だった。
幾何の教師が黒板に大きな木製の三角定規を使って直線を引き、さらに交差するもう一本の直線を任意の角度で引いて見せた。
幾何の教師は黒板の右側にもう一本直線を引くと生徒に向かった問いかけた。誰か、左側の角度を右の直線の上に移動させる作図ができますか?
誰も答えない。教師が付け加えた。分度器は使えません。幾何の作図では三角定規とコンパスのみが使えますと言って、先ほどの大きな木製の三角定規と壁に立てかけてあった大きな木製のコンパスを机の上に置いた。
皆下を向いていたが、室人は教師と目が合ってしまった。
教師「谷田貝君、できますか?」
室人は一瞬たじろいだが、無言で立ち上がった。そして教壇へと向かった。皆の視線が自分に注がれている。そして、可奈子も自分を見ているだろうと彼は思った。室人は最近身長が伸びていた。顔も子供顔を脱して少年から青年に変わりつつあった。室人は教壇におかれたコンパスを取り上げた。そして、黒板に向かって優雅に作図をして見せた。可奈子のほうも室人を最近遠避けていたが、最初は下を俯いていたが、こうして皆が彼を見ている時に自分だけ見ないというのも変であると思ったのか、ちらり、ちらりと彼のほうを見ているうちに室人の真剣に作図に取り組んでいる横顔に見入ってしまった。その時、可奈子は、室人に対していままでとは異なる漠然とした新しい予感のようなものが感じた。そこには今までの室人には無かった未来への志向性が見て取れたので、可奈子も思わず何か良いことが起こりそうだと言う期待感を感じた。可奈子は室人のことで思い出される出来事が過去に向けて投げかけられているのではなく未来へ向かうベクトル、つまり反復として思い出されるのに気が付いた。だから、可奈子は室人に何か楽しいよいことが起きそうと言う気持ちを抱いた。しかしそれはまだ恋愛感情までには至っていなかった。
幾何の教師は「よくできました」と室人を誉めた。室人は席にもどった。


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