室人は可奈子への思いを彼女は可奈子という命題を否定するために非彼女と言う方向へ収束させることで毎日格闘していた。
今の彼は可奈子を避けたいと思っていた。 そのためには室人の意識が作り出した表象として世界から抜け出すためにはどうしても非彼女に注目しなければならない。 非彼女の中に可奈子への思いを超える何かが見つかるかもしれない。 それは漠然とした彼の期待感から始まったことだったが、今の彼にとっては他に手段はなかった。 そういう意味から、アザミは彼にとっては非彼女としての発見であり、新しい契機であった。 鼓笛隊のパレードの練習を通じてアザミと話す機会はあった。アザミのシルバーバトンが彼の尻に命中した後に、アザミが彼のズボンを脱がそうとした時に今までにない恥ずかしさを感じたが、一般に羞恥は通常は敗北感か憎悪に向かわせるが、アザミから受ける羞恥が何か快感のような感情をひき起こした。
その快感はアザミの長い手足に身を委ねたいという願望につながると言うよりは、アザミの手足やその先にあるコケテッシュに彼に笑いかけるアザミの顔は導火線に過ぎない。 もっとも強い契機は室人の肉体が受動的に扱われるという自虐を求めるナルシズムであった。 室人はこうしてアザミに可奈子にはない何かを感じてはいたが、その何かがまだイデア化するには至っていなかった。
目を閉じれば、そこにアザミがいて、理想の未来を指差すアザミがどうしても今のかれには見えてこない。 室人はアザミと鼓笛隊のパレードの練習を行うという毎日の中で非彼女に自分が接して格闘しているという思いがあったが、アザミからイデア化された理想を受け取るまでに十分に彼の中で熟成成就していなかった。 それ故に絶え間なく訪れる毎日のアザミのイデア化への試みとその後に来る挫折繰り返しが、彼の心の中で非彼女を否定させる契機引き起こされ強まっていった。 つまり、非彼女でない者、最終的には非(非彼女)を求めていた。つまり、非(非彼女)=彼女=可奈子と言うのが彼の方程式の解であった。方程式は複雑な現象から答えを導いてくれるものであるが、恋愛の方程式を解くのは容易なことではない。彼は毎日努力したが報われなかったと言う疲労感を感じてはいたが、次第に彼の可奈子への思いもこの試行錯誤とによって恋心からくる情熱の感情が取り払われて彼の心を落ち着いた冷静なものへと変化させていった。
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