可奈子は自分が疎外されていると感じていた。人間疎外の中で深く落ち込んでいる日々が続いていた。ところが、そんな可奈子に転機が訪れる。
いつものように同級生の女子数人が可奈子にイジメのような嫌味を言い出したときに川名アザミが「もういいでしょう、イジメは良くない」と言ってくれたことだった。アザミはグレテきていたので彼女もある意味ではクラスの中で孤立していたのかもしれない。アザミが言ってくれた後で他の女子から何か言われるようなことは無くなった。
そして、次の転機の契機は校長先生であった。可奈子の中学校の校長は可奈子に一目おいていた。可奈子は成績もよく顔もよかったので、理想の中学生として学校行事を飾るために必要であると校長は以前から考えていた。
可奈子の担任教師が言った「今度のことでは私たち教師は白鳥にはがっかりさせられた。」。
校長先生が担任教師に言った「では、君はあのクラスを一体どうするつもりなんだ、学年主任でもある君にとってあの3年生を卒業まで半年を切ってしまったこの時期に何とかまとめていくのが君の仕事ではないかね。」
担任教師「白鳥はもう使えません。だから別の生徒を擁立することで3年生のやる気を起こさせて卒業まで持っていくしか方法がないと私には思えます」。
校長先生「白鳥を切り捨てることは簡単だが、今日までに我々があの学年に対して費やした努力も水泡になるかもしれない。今後の数ヶ月であの学年を見事に立て直すのは難しいと私には思える。今からでは遅い」
校長先生は担任教師にクギをさした「君は教頭昇格を控えているだろう、今度の件に関係した地元の有力者の4人の男子生徒は外したそうだね。外からの評判もいいが学年主任の仕事に忠実であることがもっと重要だ。仮に今白鳥を外してあの3年生たちへの方針を変更することは君にとっても先の見通しが立たない難物を抱えるということになる。私は学年の崩壊をもっとも恐れる。白鳥を起用を続ければ、学年の崩壊だけは起こさずにどうにか卒業までは持っていくことができるというのが私の見方だ。我々は聖職者である、教育は優劣の選別を明確にすると同時に落ちていく生徒を引き上げることも大切である」 。 担任教師は自分の腹の中を見抜かれて一瞬黙ったが応えた「校長先生のおっしゃるとおりです」。
校長先生「私は卒業式にあの学年にはイベント行事をやっほしい、それが彼らの卒業までの目標となる」
担任教師「私たち教師一同で先生の路線であの3年生たちを卒業まで持っていきます、私にまかせてください、必ず見事にイベント行事を実現させます」と言った。
校長先生は担任教師に可奈子に校長室に来るように言った。
可奈子が校長室に行くと校長先生が大きな机に向かって座っておられた。 部屋には大きな肖像画が飾ってあり、哲学者カントが描かれていた。“わが上なる輝ける星空とわが内なる道徳律”と書かれてあった。
校長先生は可奈子に言った「この間起きたことで君のことは聞いているが、その後どうですか」
可奈子「校長先生、すみません、反省しています」
校長先生「今後はその場の一時の感情や激情で自分の行動が左右されるようなことは決してしないように。理性を強く持ちなさい。」
可奈子「校長先生、わかりました。理性を持って生きます。」
校長先生「卒業までに学内の行事も色々あるけど、それを責任を持ってやれますか」
可奈子「校長先生、きっとやります、心配しないでください」。
校長先生 「最後にもう一度理性だよ、わかったね。私が君に言えることはそれだけだ。ではもう行っていいよ」。
可奈子は校長に礼をした後に部屋に飾られたカントの肖像画を指して校長に聞いた「校長先生、この言葉はどういう意味ですか」
校長が言った「カントは数学の問題を解くような能力を非常に高く評価して、そのような人間が本来持っている能力つまり純粋理性について研究した哲学者だが、彼は同時に道徳理性を純粋理性より上においているということだよ。どういうことかと言うと、いくら知能指数がよくて学校で勉強ができたり、頭の回転が速くて会社で仕事ができても、基本にある道徳に欠陥のある人間は人間としては失格であるということだ。」
校長先生がこのように言うのを聞くと「ありがとうございました」と言って可奈子は校長室を退室した。
校長先生の強い指示があったようで教師たちも可奈子にまた様々な学年の行事をさせてくれるようになってきた。 こうして可奈子の友達もまた彼女に話しかけるようになってきた。可奈子と言う女子が教室内で、学年で、学内でどのように位置づけられているかで他の生徒の彼女に対する接し方も変わってくる。可奈子が校長や教師たちが重く丁重に扱っているのを見れば、生徒たちも可奈子をシカトしたりすることも無くなる。他の女子生徒にしてみれば、嫉妬からくる腹立たしい思いはあったが、その吐け口として可奈子を苛めるには可奈子が校長や教師たちからも見放されて本当に校内で孤立していれば、苛めは容易にできるし、うっぷん晴らしの効果もある。しかし、可奈子は校長と繫がっているとなれば話は別である。可奈子が校長や他の教師に取り入ることで他の生徒を出し抜いたり、自惚れて、見下すと言うことも無かった。他の女子生徒たちが可奈子を苛めたいと言う動機はこうして急激に色あせて行った。人間と言うのは本来孤独なものである。こうして一度は村八分になり孤立していた可奈子が自分たちの中に戻ってきたと言うことで、女子生徒の中には孤立からの帰還者のように見なし、集団の中にいてこれまでには誰にも見せてこなかった悩みや思いを分かち合う友として可奈子に近づいて来る者も何人かは確かにいた。可奈子は彼らの話を聞いて上げていた。しかし、彼らの話を聞いていると益々自分が一人で孤独であることに気が付いた。可奈子は変わりつつある自分を感じた。自分は一体どこに向かって行こうとしているのだろうか。
|
|