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作品名:反復の時 作者:くーろん

第19回   19
それから1時間ぐらいして、教室にいた室人に担任の教師が呼びに来て職員室に来るように言った。職員室に入っていくとそこには零人も呼ばれていた。零人の出血も思ったよりは軽かったようだ。担任の教師が「おまえたち、どうしたんだ、どうしてけんかになった」と言った。

なぜ自分と零人だけが職員室に呼ばれ、他の4人の男子は呼ばれないのかと不思議に思った。その時の室人にはわからなかったが、あの4人の生徒は地元の有力者の息子であったので、担任教師が彼らをひいきしたようである。ケンカは学校ではよく起きることである。全員を罰するより問題を起こした当事者に絞って追求して罰するほうが処分がしやすいということもある。そこで4人については不問ということになった。
零人も室人もそのことで反抗的になって黙っていて、「別に理由なんてない」と室人が言ったら、教師からこっぴどく叱られ、罰として明日は二人とも校庭を100周しろと言われた。室人は零人とは口もきくこともなくその日は帰宅した。

翌日になり、朝から校庭を走り始めた。零人はバンドエイドや包帯をしていて痛々しく感じられたが、担任教師が保険医から許可を得ていた。
室人はときどきは走るのを止めて、とぼとぼと歩いた。零人とはまったく口はきかず、半周ぐらい離れたところで一人で走ったり歩いたりした。やがて、全校生徒や他の教師の知るところとなり、休み時間などは人だかりができて二人のことをうわさしているようだった。

中一の頃からの知り合いの川名アザミがあの4人の男子生徒一緒に見に来た。アザミは夏祭りに行った後ぐらいから家庭の問題から少しぐれてきた。ツッパリ少女のようになりつつあった。アザミが室人に声をかけた「谷田貝君は可奈子のことが好きなんでしょう。しかしそれにしても100周も走らされるなんて本当に馬鹿だよ」。他の4人の男子は走らされている室人の前で罰を免れた自分に気まずい思いをしたのか、アザミの言葉に従うこともなく頭をかきながらも黙って下を向いた。室人が「放っておいてくれ、かくなったということさ」。そういうと室人はまた走り出した。

しばらく走っていると今度は「ガンバッテ、ガンバッテ、ガンバッテ」という女の子たちの声援が聞こえた。そこにはA子、B子、C子の3人がいた。ちらってと見ると校舎の2階の教室の窓から可奈子も室人と零人を見ている。また「ガンバッテ、ガンバッテ」という3人の声援。室人は走っていたが、立ち止まって、A子、B子、C子に大声で怒鳴った「尼寺へ行け!、尼寺へ行け!、尼寺へ行け!」と。ちょうど室人はその頃、シエークスピアの演劇を読んでいたので、演劇調でそう叫んでやった。3人から「何よ、せっかく応援してやっているのに、変なの」という声が返ってきた。室人は本当はその時、2階の窓にいる彼女に向かって、すべては君のためなんだ、君がすきだからなんだ、と大声で叫びたかった。しかし彼女はその時窓辺にはいなかった。彼女に窓のバルコニーにジュリエットを呼び戻すロミオのように告白できたかもしれない。
しかし、その時、そんなことをしようものなら、担任教師からまだ懲りないのかと言ってもう100周走れと言われかねないと思ったので止めた。

零人も立ち止まるとはじめてぼくにA子たちを「相手にするのはよせよ」と言った。
零人と口をきくようになったのはそれからだった。零人が「オレは後32周と言った」。ぼくは37周と言った。それからはお互いに後何周あると声をかけあいながら走った。

最後の1周になったときに零人が言った「オレ、彼女のことは降りるから。あとはよろしくな、」。
さらに零人は続けた「お前は以前に本当の自分を待っていると言ったが、本当の自分って言うのは自分から掴み取るものだとオレは思う。」。
零人「もし、掴み取ろうとして掴み取れなかったら、それは本当の自分ではなかったということさ」。
零人「掴み取ろうとして掴み取れなかった未来は自分とは関係なかったと言うことさ。そこに本当の自分は無かったということだ。本当の自分と言うのは自分が掴み取れたときに初めて来るのさ。だから待っていてはだめだ。自分からチャレンジして行かなければならない。」
室人は零人の考えがよくわかったが、零人が「待つ」と言う言葉を軽んじていると思えた。室人は「待つ」と言う言葉には単なる消極的な意味を超えた彼なり概念を持っていたが、零人の前で言わなかった。
その時はじめてわかった。室人も可奈子のことが好きだったのだ。
室人は零人が彼女のことから手を引くと言ってくれたのを聞いて心の奥では喜んだが、零人に感謝の気持ちを伝える事無く「昨日の出血の痕は大丈夫か、傷まないか」と聞いた。
零人は「ああ、大丈夫、走っている間に良くなったみたいだ」と言った。

やがて、夕方になりあたりは暗くなろうとしていた。その後、二人で職員室に行き一人残っていた担任教師のところに報告しに行った。室人が先に殴りかかったことを詫びた。担任教師は今日一日のことを評価してくれて、今後は二度とこのようなことがないように注意して帰るように言った。零人とは校門のところで別れて帰宅した。


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