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作品名:反復の時 作者:くーろん

第14回   14
時として人は集団を離れ自己の孤独を求め深く内向しようとするものである。
昨日まで違和感もなく集団の中に埋没しあるいは集団の中の自分に満足していた室人は今は集団を避けひたすら自らの孤独を求めようとしていた。

昼休み時間、室人は一人孤独の中で自己を捜しているかのように体育館の裏手を通って校舎の北に面する日陰の裏道沿ってをぶらついていた。
やがて校舎横にさしかかるると明るい日差しを受けた花壇があり、たくさんの花が咲いていて、あちこちで蜜蜂が花から花へと向かって蜜を集めていた。
通り過ぎようとしたがふと立ち止まり一つの花に蜂がとまるのを見ていた。
それは蜜蜂の変わらぬ日常的な営みであったが、今の彼には不思議に思えた。
こうやって変わらぬ営みを蜜蜂はできるのに自分といえば昨日と今日ではこんなに変わってしまった。もう昨日の自分にはもどることはできない。
変わらぬ営みをしている蜜蜂が少しうらやましくさえ思えてきた。そんな花壇を後にすると、校舎の脇から校庭正面が見えてきて突然に一気に明るい日差しが増してきた。

校庭でサッカーをしている生徒の喧騒やバレーボールをしている女子の声が彼の耳にも否応なしに入ってきた。天気もよかったので校庭には多くの生徒が出ていたが彼のことを気に留める者はいなかった。校庭に塀から少し離れたところに鉄棒があったので彼は鉄棒に背もたれしながら昨日の自分を振り返るかのように校庭を見た。

しばらく校庭を見ている彼の後ろから突然声がした「小市民的だな、小市民的な風景だな、」。
振り返ると、見慣れない男子生徒が立っていた。学生服が新しいのでどうやら最近来た転校生のように思えた。
口の利き方が上からの目線で生意気に思えたが、今の室人には感情的反応しようという気持ちは起きなかった。

室人はその男子生徒の言った内容が気になったので、確かめるかのように言った。「小市民的というのはどういうことだ」

その男子生徒は言った「ここでは誰もが小市民的世界内存在だということさ、本当のことだろ」

確かに彼の言うようにこの学校の生徒は下町の商売人、小売店の子弟が多い。この街に生まれこの街の小学校を卒業して中学校に来ている。室人は小売店経営の商売人の息子ではなかったが、彼は生まれたときからこの街の持つ価値観や道徳観の中で育ってきた。そういう意味では彼も小売商の息子たちと何の違和感もない中で彼らと同じように学校生活をしてきた。逆に、室人がどんなにもがいてもすでに彼がここで身についた小市民的世界内存在であることから逃れることはできない。

室人が今悩んでいる可奈子に対する思いにしても小市民的世界内存在の現象として起きていると言われればその通りである。そして、可奈子自身も室人のようにこの街の持つ価値観や道徳観を共有しているという意味では小市民的世界内存在だろう。彼はふと彼女の存在しているこの街を弁護したい気持ちになったのでこの見知らぬ転校生に言い返した。

「しかし、君の言った小市民的世界内存在が今日の経済発展につながる資本主義を作ってきたのではないか。日本にはキリスト教的プロテスタンテイズムは存在しなかったが、質素、倹約は美徳であり、日々の生活の糧を得るために額に汗して働くことを美徳とする価値観、道徳観で生きている小市民こそ社会の主役であるという考え方が江戸時代の町人に根付いて、近代資本主義を開花させ、現在の日本を築いたと思う。」

それを聞いて転校生が言った「毎日を勤勉に働く小市民の存在を認めないとは言ってないし、資本主義の発達過程におけるその貢献度は認めるが、ぼく個人としては戦国時代の乱世の英雄のような生き方ほうがいいな。」

室人が言った「小市民的世界内存在と言っても小市民こそが近代的自我なんだよ。近代的自我こそぼくら現代人が共有している基盤なんだよ」。

転校生が言った「君の言う近代的自我とやらが徹底的に打ちのめされた後に、自信を失い果てしないニヒリズムに落ち込んでいつも下を向きながらさ迷っていた近代的自我は行きつく先はやはり生きがいを捜し歩くことになり、最後の生きがいに出会ったときに自信喪失してずっとうつむいていたが、このとき顔を上げる。45度に顔を上げたときの目線がナチスのまなざしということになるんだろう。おっと申しわけない。ぼくの話は少し飛躍してしまったようだ。まあ、そういうぼくもこうやって今ここにこうして小市民的なこの学校に来ているわけだから偉そうなことは言えた義理ではないが。」

サッカーを熱心にしている男子生徒たちの向こうで女子生徒が集まってバレーボールをしている。そこには白鳥さんもいた。
室人が女子のほうを見ていると、その転校生が言った「君はだれか好きな女子でもいるのか。さっきから君を見ていると何か悩みでもあるようにみえるけど。」

可奈子を見ていた室人はずばり本心をつかれたようで一瞬赤くなったが、「ぼくは本当の自分を捜しているんだよ。そして今や完全に本当の自分にいたる道に迷っている」と話を好きな女子のことから外した。

転校生は素早く室人の目線の先の女子のグループを追った。そしてその中の女子で室人が好きになっているのが可奈子だということが何となくわかった。
すでに可奈子は漠然と集まった女子の中で飛び切り目立って見えるということはなかったが男子が注目していた。

「ぼくは谷田貝室人で3組たが、ところで君はだれだ」と室人がその転校生に尋ねた。

「ぼくは早川零人、3日前に転校して来たばかりので1組だ。今後よろしくな」と言った。

その時昼休みの終わりのチャイムが鳴り始めた。


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