20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:反復の時 作者:くーろん

第11回   理科室
室人は午後に理科室に来ていた。室人は理科部の部員だったが、部員は十数人いたが3年になって最近はほとんど来る者はいなかった。そんな中で理科室に来る部員といえば、室人が時々顔を出していたが、もう一人は毎日のように来ている加山サナエの二人ぐらいだった。その日も室人が理科の実習室に入ると白衣姿の加山サナエがいた。

サナエは理科が大好きだった。とりわけ化学が異常なまでに好きで午後になると必ず理科室に来て何かしないと気がすまないという少し変わった女の子だった。部活の顧問の化学の教師もそんなサナエが理科室の化学のガラス器具の整理整頓や試薬ビンにラベルを張ったりする雑用を喜んでしてくれるので大いに助かっていた。サナエはショートカットの髪で丸顔で黒縁の度の強い丸メガネをして、アマガエルのような漫画的な顔をしていた。そんな漫画的顔だから白衣という風変わりな装いがその時の彼女には反ってよく似合っていたのかもしれない。

室人は中学に入った頃からサナエのことは知っていた。サナエは非常に几帳面で何でも小奇麗にするのが好きな性格だったが、他人のずぼらさを批判的に見るということはなく、他人には寛大であるという点でいい性格である。彼女はカエルみたいと言ったが確かに爬虫類的な小奇麗さはあった。しかし、可愛らしいかと訊かれたならば室人はおかしなおかしな女の子にしか見えないと言っただろう。というのは、そのときの室人もまだ気がついていなかったが、もし10年後、20年後の世の中であれば彼女は確かに可愛いと言われただろう。だが、室人が彼女を見ているこの時代の美意識からすれば彼女はかなりズレていた。つまり、彼女は10年早く生まれたという意味でどこか未来人を思わせる。室人はサナエとはよく話しをした。最初はサナエの好きな化学の話から始まって人はいかに生きるべきかという人生哲学のような話まで発展することもよくあった。

今、室人の見ている前でサナエが何やら白い粉をガラスのビンに小分けしている。室人がその白い粉は何かと訊くとサナエがアミノ酸という。20種類のアミノ酸が蛋白質を作っていると言う。その蛋白質が人間を作っているとサナエが言う。室人はその20種の粉を見ていて人間の遺灰かと思えてきた。そこで、室人が訊いた「こんな人間を焼いた後の燃えかすの灰みたいな物質を調べて人間のことがすべてわかるようには思えないが」。
「灰みたいな物質と言っても人間も世界も物質でできているのよ」と応える。
「でも物質は物質でしかない。この粉も灰も同じように物質でしかない。心が物質から生じているとすれば、死ぬことは物質にもどるということで無になるということかな。人間が物質の作用によって出来上がっている現象に過ぎないと考えると生きていることはむなしいと思える」。
彼女が興奮して「ボクはそんなに悲観的には思わない。たとえば、物質というのは全宇宙に広がって存在しているから、人間の到達できない遠い宇宙の果てすらも物質で説明できるんだから。すばらしいと思えるわ」。
室人は彼女が突然に「ボクは」と言ったので変な女と思った。サナエは興奮して話すとよく自分のことをボクと口走る癖がある。しかし、そのことより、彼は唯物論者のサナエの楽観的な見方に感心した。
「谷田貝君は最近何か悩みでもあるように見えるけど、どうしたの」とサナエが訊いてきた。
「加山さん、実は最近の僕は自分が超えるに超えられないような壁があってどうしようかと悩んでいる。それは好きな女子のことなんだが」
「女子って誰のこと」
「実は白鳥さんなんだけど」と言うとサナエは驚いたような表情をした。
それから室人はサナエに白鳥可奈子への自分の思いを話し始めた。サナエは最初当惑していたが、彼の話をずっと熱心に聴いてくれた。
室人がサナエのところに来たのは可奈子が親しくしてる友達にサナエがいるのを見て、サナエに可奈子に彼の気持ちを伝えてほしいからだった。できれば彼の手紙を渡して可奈子の気持ちを訊いてほしいという願いからだった。
彼女は室人に対しては前向きで同情的で親切だったが、彼が手紙を渡すと、「ふむー、白鳥さんね、、、」と、難しいだろうなと言わんばかり顔を一瞬したが、すぐにいつものサナエの愛嬌のある顔にもどってニコリと笑ってわかったと言った。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 17254