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作品名:反復の時 作者:くーろん

第10回   手紙
室人は彼女に手紙を書こうとしたが、いざ書くとなると何を書いていいのかわからなくなった。彼は彼女が自分の理想とする型にはまることを望んでいたが、考えて見れば型にはまるということはずいぶん窮屈なことである。現実社会では人は型にはまることで社会生活を営んでいるが、自分を解放したいという気持ちがあることも否定できない人間の現実である。だから、娯楽やレジャーも用意されているということだ。

彼が求める型は彼女にはどう映るのだろうか。室人は不安になった。彼は白鳥さんと一緒に夜空の星を眺めながら目の中で星が光っている情景が永遠の世界へとつながる扉がまさに二人の前に開かれた状態であると思っている。しかし、果たして彼女もそう思うだろうか?星々に永遠を見ようとしたのは古代ギリシャ人がそうであるが、その他に古代エジプトの王、ファラオもそうであった。ファラオも永遠の不滅なものを求めた結果、現世を否定して死後の世界にこそ永遠が約束されていると考えた。だから、死後はミイラとなって黄金の棺に収められてピラミッドの中で永遠の心地よい眠りにつく。ピラミッドには通気口があり、天空の星が暗い王の間へとつながっている。古代のファラオの求めたものは変化しないことである。完全な型にはまるということである。永遠の世界とか理想と言ってもミイラにまでなって棺に収まることを白鳥さんが理想と思うだろうか。たぶん、思わないだろう。

室人は理想の型にはまるという彼の思いを手紙に書くのはやめて、自分の漠然とした思いだけにしぼって書くことにした。
その手紙の文面は彼女への思いに満ちていたが、最後は彼女との間に何か越えられない壁のようなものを感じるという不安感、そしてもがき苦しむ中で彼女から手が差し伸べられることで、彼がこの絶望の崖淵をさ迷うことから救われのではないかという僅かな希望の光を感じさせる気持ちで終わっていた。
とにかく、手紙は出来上がり彼は彼女に渡すことにした。

彼の家と彼女の家はそれほど遠く離れてはいない。学校からの路は途中から静かな商店街になり、その商店街の路が二手に分かれてからほど遠くないところの住宅地に彼女の家と彼の家がそれぞれある。だから、朝の登校時には彼女と彼は二手の路が一つになる場所でよく一緒になったものだ。
もちろん、朝は登校中の大勢の生徒がいたから、彼女も彼もその生徒たちの流れの中にいて目立つこともなく意識することもなかった。

そしていつものように朝が来た。その日はどんよりとした憂鬱な曇り日だった。
いつもの地点に来た時に彼女もすでに少し先を歩いていた。
来週に受験校を決める重要な試験があるので、試験勉強の疲れからか彼女は朝だというのに少し疲れたような様子でうつむき加減で重い足どりで歩いていた。ショートカットの栗色の淡い髪が彼女の顔を隠して表情を読み取ることを難しくさせていた。
室人は彼女の少し後を歩いていたが、手紙を渡すことに迷っていた。この朝のどんよりとした曇り空の天気が空気を支配しているようだった。彼は何度か彼女の横に行って話しを始めて頃合を見て、手紙を渡そうと思ったが、今日の天気のような何か重々しい壁のようなものを感じていた。

結局手紙は渡さなかった。校門を入り玄関で靴を履き替えたときに彼に一つの考えが浮かんだ。その頃、好意を寄せている異性の下駄箱、机に手紙を置くというのがよく行われていた。室人も彼女の下駄箱に手紙を置いてはどうかと思い彼女の下駄箱のところに行った。しかし、こういうやり方では彼女に直接手紙が渡るかどうかわからない。他の生徒や第3者が見るかもしれない。
その日は手紙を渡すこともなく終わった。


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