焼夷弾が焼き払った街を、僕は妹を連れて歩いた。
何もあてはなかったが、ただ、この暑さと絶望に負けたくなくて歩いた。
何日ももう何も食べていなくて、ふらふらしていた。
街灯の下を通りかかった時、銃を持った兵士とはち合わせた。
彼は、僕の前で立ち止まった。
痩せていたけど、子供の僕にはとても大きく見えて怖くなり、 震える手で、傷だらけの妹を力の限り抱きしめた。
「大人はいないか」と尋ねられ、首を振る。
がさりと背後でトタンが揺らぐ音がした。
兵士の目が輝いて、 僕の耳元で爆発音がしたと思ったら間近の銃口から煙が上がっていた。
バサバサと、何羽かの雀が飛び去っていく。
「大人しくしていれば殺しはしないから、信じて付いて来い」
僕は立ち上がって妹の手を引いた。
それを見て、兵士が僕を制止するように腕をつかみ、 ゆっくりと首を振った。
「貴様だけ来い。『それ』は置いていけ」
命が惜しかった僕は涙ながらに妹の手を離した。
泣きわめく僕をうっとうしく思ったのか、兵士は自分の話をしだした。
「俺には姉がいた。俺をかばって…死んでいく様を見てるのは、辛かった。 いつまでも泣いて、すがりついていた」
廃れた街に置き去りにした妹がどんどん小さくなっていく。
「貴様も振り返るんじゃない」
あふれてくる涙が止まらないまま、僕は兵士に引きずられていく。
「今まで貴様はあれと手を繋いできたんだ。 ここで置き去りにしても、あの死骸は、きっと貴様を恨んだりしない」
数日前、妹は息絶えた。
だが、僕はその小さな手を引いて歩いていた。
蛆が涌いて、腐臭のする妹を抱きしめ、何夜も眠った。
この《肉塊》が「お兄ちゃん」と呼んでくれる、そんな夢を見たくて。
あの兵士が僕を助けたのは、
きっと、とうに死んだ妹を抱きしめていたおかげなのだろう。
僕を救ったあの兵士は、翌朝テロに巻き込まれて死んだ。
今思えば、彼が僕を助けたことが「遺書」だったのかもしれない。
人間らしく生きた最期の証明を僕に残して、 兵士は多くの人を殺戮し、死んでいった。
そして戦争が終わった今、妹の遺体も、彼の遺体も破片すら見つかることはなかった。
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