「健康のために早く寝なくちゃいけない」
と彼が電気を消してベッドに飛び込んできた。
既に横になっていた私が「随分早いんじゃない?」
と言うと「ちょっとおしゃべりをしてから寝る」
と嬉しいことを言う。
改まって何を言い出すかと思ったら
「家が清潔だから長生きできそう」と切り出し
「独りで居ると寂しいと感じるようになった。 若い頃にはこんな風に考えるようになるとは思ってもいなかった。」
で結ばれた。
相手が誰でもよさそうなのがちょっと引っかかるが
まんざら悪い気もしなかった。
因みに韓国に住むようになってからも
相変わらず私達の会話は殆ど日本語が中心で
彼にとって日本語は外国語なので
母国語では言わないような歯の浮くようなことも
日本語だから平気で言えるとも思っている。
彼と初めてあったのは土浦駅東口近くの英会話教室でだった。 アイルランド人が経営するアットホームな学校で
常に4、5人いる講師たちの出身国やキャラクターも個性的なら
生徒も大手の英会話学校には納まりきらない個性派揃いだった。
私は当時ECCジュニアのホームティーチャーではあったが
当時はマニュアル通りに教えているだけで
流暢に話せるというには程遠かった。
彼は知り合いらしい男性と並んで座っていて
場所柄私は勝手に筑波大あたりの留学生だと思っていたが
自己紹介の時に隣に居たのは知らない中国人だと分かった。
韓国人だと名乗った男性と面と向かって話したのは生まれて初めてだった。
彼と会った時と前後するように、当時関っていたボランティア繋がりで
韓国からの中学生と引率の先生が我が家にホームステイすることになり
彼に相談してみようと食事に誘ってみた。
韓国に関して殆ど知識の無かった私自身の不安も確かにあったが
彼と二人で話したかった私には最適なタイミングになった。
韓国人イコール辛い物好きだと短絡的に思った私は
彼をメキシカンレストランに誘ったのだが
予想に反してあまり良い反応は見せてくれなかった。
ようやく最近になって分かったのだが
彼は辛いものがどちらかと言えば苦手だった。
私は大真面目にホームステイ予定者の写真やプロフィールを見せ
期待した以上に彼も真剣に話を聞き段取りまで考えてくれ
私の考えが及ばなかった韓国からの一行が到着後の夕食場所も
彼が以前アルバイトしていた焼肉レストランに決まった。
予定通りホームステイの一行が石岡駅に到着し
郊外にある焼肉レストランに到着した時
彼が来てくれているとは知らなかったこともあり
レストランのドアを開けて一行を歓迎してくれた時の彼の姿を
今なら暖かい感情と共に思い出すことができる。
最初の食事の時に仕事をしているらしいことは何となく分かったが
仕事内容や住まいに関しては彼の説明では殆どイメージが湧かなかった。
その後は英会話授業後に2人でランチをするのが恒例になり
彼が帰りの時間を気にするのに気がついて尋ねると
午後2時あたりから夜中まで仕事をしているらしいと分かってきた。
そのうち詳しい経緯は思い出せないが
何回目かのランチの後仕事場に連れて行ってもらった。
彼は私にエステの店と言っていたのだが
TBCやたかの友梨のそれとは明らかに雰囲気が違っていた。
あるはずのエステの機械や化粧品類が見当たらない。
あるのは応接室と浴室と小さな個室だけのシンプルな作りなのだ。
店内には私達以外にも人の気配を感じはしたが
他の従業員と顔を合わせることはなく
彼も私に紹介しようともしなかった。
掃除が行き届いてない印象だったので
次にそこを訪れた時には掃除機を持参した。
驚いたことに彼の部屋だと言われた所には
ただ寝るためだけのスペースしかなかった。
同じ日だったろうか、ある時待合室でレンタルDVDを観ていた。
タイトルが「デインジャラス・ビューティ」だったことは覚えている。
応接セットの2つ並んでいた方の椅子にそれぞれ座り
アームレストで自然に手は重なっていたのだが
普段ならおしゃべりな彼が黙ってしまったと思ったら
何故だか立って長いキスをされてしまった。
後日彼はあの時私が騒いで警察に通報するかと思ったと言った。
ある日、私が居る間にお客さんが来たとのことで
隠れているように言われたことがあった。
誰かが店のドアに近づくと
速度違反用ネズミ捕り感知器のような機械が作動し
お客が来たと分かるようになっていた。
客とどんなやり取りをしたかまでは分からなかったが
驚いたのは客が男性だったことだ。
彼らのやり取りがはっきり聞こえなくて
かえってよかったのかも知れない。 そう、そこは所謂「韓国式エステの店」だったのだ。 彼が嘘をついたということにはならないのだが
当時の私にはその世界に関する知識が全く無く
そこが風俗の店だと分かるまでにはもう少し時間を要した。
−つづく−
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