CIDG計画とは、元はフランス諜報部・SDECEのアイデアだった。彼らは歴史学・民俗学の教授達とベトナム・ラオス・カンボジアのモンタニヤード(少数民族)を研究し、取り込み、買収・誘惑し反ベトミン活動を行わせた。これをCIAが全て盗んだのである。「東南アジアにおけるヘロインの政治学」という500ページもの資料に記載されていた。 CIAの宣教師は1950年代からモンタニヤードと共に暮らし、彼らの信頼を勝ち得てきた。SFG(特殊部隊)が入ってきたのは60年代に入ってからである。 バリーは力で制圧したとしても、すぐにその関係は崩れると考えた。だとすれば、彼ら・宣教師にすり替ればいいのだ。だがモンタニヤード達を仲間に引き入れるのは、それなりに時間がかかる。そこでバリーは宣教師殺害を、KGBの仕業に思わせた。 「MACVは、背後にKGBがいると睨んでいるようだ」 モビーディックはバリーに話した。 「だが、奴らも馬鹿ではない。ニューヨーク・タイムズに記事を載せさせたが、奴らを足止めできるのも、時間の問題だ」 そう言いながらバリーは煙草を吸い終わるが、また一本取り出し、くわえて火を点ける。 「エドナー・ガーツは殺らないのか?」 モビーディックの問いに、バリーは煙を大きく吸い込んでから応えた。 「俺としては、奴に復讐したい。だが・・・」 バリーは口に笑みを浮かべながら、その目を光らせた。 「まだ生かして利用する価値はある・・・」 その目に、モビーディックは瞬時に確信する。次の応えは分かっていたが、彼は敢えてバリーに問いかけた。 「利用とは?」 バリーは煙草を投げ捨て、三本目の煙草をくわえた。 「奴らとビジネスをするのさ」 アメリカはベトナム戦争から撤退する。MACVからARVNに移行したことで、モンタニヤードに反発が高まっている。少なくとも2,3年でCIDG計画が破綻するだろうと、バリーは読んでいた。ならば、それを利用する手はない。 「あんた達に借りた“力”は、金で返してやるよ」
その日、ニャチャン(ナトラング)のMACV本部に、ウィルキンソン大尉が踵を鳴らしながら廊下を早足で歩いた。ガーツのオフィスの前で止まり、ノックをする。入れという声が聞こえ、ドアのノブを回した。 「何の用だ?」 ガーツが書類に目を通しながら言う。 「先ほど、プレイクの3タンゴに、タウバー軍曹が帰還したそうです」 ウィルキンソンの言葉に、ガーツは視線を彼の目に合わせた。 「今、何と言った?」 ウィルキンソンは、バリーが生きていた喜びを抑え、出来るだけ平静を装いながら静かに話した。 「プレイクのファイアベースに、バリー・タウバー軍曹が戦地から帰還したようです」 ガーツは、手にしていた万年筆を落とした。 「あいつは・・・戦死したはずだ。この目で・・・見たのだ!」
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