ベトナム・サイゴン。 その日、アメリカ大使館から出てきた宣教師、テオドア・ヤングは夜の歓楽街へと足を進めた。彼は大使館を出てから、ずっと何者かが、自分を尾行している事に気付いていた。歓楽街なら多少の物音がしても、誰も気にも留めないからだった。 ヤングは、そっと路地裏に入る。それを見て、何者かが後を追ってきた。ヤングは路地の隙間にあった壁に張り付く。後を追ってきた者の、足音が近付いてきた。ヤングは背広の中から、ナイフを手にする。 その時、後頭部に硬いものが当たったのが分かった。それが何か気付いた瞬間、彼の額に風穴が開き、ヤングは絶命した。ヤングの背後から、サプレッサー(消音器)装備のピストルを掲げた男が出てきた。 「ターゲット・ヤングを始末した」 その男は、ヤングを追ってきた男に合図をする。
ベトナム・ダナン。アメリカ軍海兵隊基地。 「どういうことだ!」 ローガン・ブラウンが数十枚のファイルを、自分のデスクに叩きつけた。 「今年に入って、メンバーの宣教師が、全て何者かに暗殺されている!」 分厚い眼鏡の向こうに、ブラウンの憤怒した目がガーツを睨み付けた。ファイルには、CIDG計画でベトナム東北部のヌン族・タイー族・タイグエンのトゥオン族、ラオス、ビルマ、カンボジア・タイの少数民族に関わる宣教師が、全て暗殺されたのだ。 「ヤングまで、殺られるとはな。残りは、あんただけだ」 ガーツがファイルを手にすると、一枚一枚に目を通す。 「一体、誰が・・・!?」 ブラウンが椅子に座り込む。CIAでも、宣教師という肩書きを持ちながら、腕利きの諜報員であるブラウンが、今にも倒れそうな老人に見えた。 「この件は、ラングレー(CIA本部)でも早急に調査を進めている。それまでは、この基地から出るなよ」 そう言うと、ガーツはブラウンのオフィスを出た。彼は歩きながら、考えていた。CIDG計画に関わる全ての宣教師は、ベトナム・ビルマ・ラオス・カンボジア・タイと広範囲に潜入しており、その人数を、たった2週間でブラウンを残し全てを暗殺するとなると、国家規模の組織が背後で動いている可能性が高かった。 ガーツの脳裏にすぐに浮かんだのは、ソビエト連邦。 「KGB・・・?」 しかし、それも推測の域を出なかった。情報が徹底的に足りなかったのだ。 ガーツは基地の指令部に赴くと、海兵隊SOGチーム・フォース・リーコンの分隊に、ローガン・ブラウンの護衛を指示し、その足でMACV本部があるナトラングへ戻った。
ブラウンはブーツを履いたまま、ピストルを手にしてベッドに入った。SOGとMPの護衛が付いているものの、全てを安堵しているわけではなかった。ここダナンで、前年の12月までは北ベトナム軍との戦闘で騒然としていたが、アメリカと北ベトナムとの和平交渉もあってか、ここの所は平穏な状態が続いていた。真夜中でも飛び立つことがあったヒューイの滞空音も無く、静かな夜だった。 ブラウンはふと、何かの気配に気付いた。ピストルを手に、ドアの壁に張り付く。ノブに手をかけ、ゆっくり回すと、少しだけドアを開けた。 隙間から外を見ると、MPが部屋の前に立っているはずだったが、誰もいなかった。異常事態を察知したブラウンは、ドアから銃を構えながら出た。灯りの消えた薄暗い廊下を見るが、人影は無かった。廊下の角を曲がったところに、SOGのメンバーが一人立っているはず。ブラウンは角を確認する。しかし、誰もいなかった。ブラウンは急いで自分のオフィスへ戻る。 緊張が頂点に達し、今にも切れそうな状態だった。ブラウンは部屋のドアに入ると、震える手で鍵を閉めた。その瞬間、一瞬で首に糸が巻きついた。手に力を込め、全体重をかけて糸を締め上げる。 ブラウンは、必死で抵抗を続けたが、声にならない声を上げ、やがて数秒で絶命した。糸を緩めると、ブラウンの身体が床に倒れる。 「あんたの実力は、こんなものだったのか・・・」 その糸をファティーグのポケットに入れ、バリーはそのままブラウンの部屋を出た。
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