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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第88回   1968年7月 MACV-SOG(マクヴィー・ソグ)
6月、MACV(南ベトナム軍事援助司令部)の司令官が、ウエストモーランド将軍から、クレイトン・W・エイブラムズ将軍が後釜として着任した。
第一次一斉攻撃(テト攻勢)で、2月に特殊部隊基地であった国道9号線沿いのランベイが陥落し、第二次一斉攻撃によってホー・チミン・ルートの壊滅を目的としていたケサン基地も撤退を余儀なくされた。
エイブラムズ将軍は、ベトナム戦争は、同国人同士で戦わせるという意味のベトナム化(ベトナミゼーション)を更に推し進める為、CIDG(民間不正規防衛団)の指揮権を、MACV(南ベトナム軍事援助司令部)からARVN(南ベトナム政府軍)へ、移行させた。
アメリカ軍は、徐々に撤退の様相を見せ始めた。

ドアが勢いよく開き、窓にひびが入った。
「ホア、待て!」
ウィルキンソン大尉が制止するも、ホアは聞かなかった。それを見たバリーが、大尉の部屋に入る。
「タウバー、いいところに来た!」
ウィルキンソンがデスクから立ち上がる。
「何か、あったんですか?」
HQからの作戦資料を手にしていたバリーは、それを大尉のデスクに置く。
CIDGの指揮権がARVN(南ベトナム政府軍)へ移り、彼らに迫害されてきたモンタニヤード(山岳少数民族)たちはCIDGを離脱する者が続出し始めた。ホアも、それに賛同したのである。
「ランベイで実戦経験を持っていたヤードの連中が殆ど戦死し、もう数えるほどしかないんだ。特にホアほど優秀な人材は、もういないだろうからな」
ウィルキンソンが言う。彼は、バリーにホアを引き止めて欲しいと願い出た。
「それから、お前は5月の功績でMACV-SOG(特殊作戦グループ)のメンバーに選抜された。後で、HQ(作戦本部)に行ってくれ」

バリーはCIDG隊員のいるテントに入る。広いテントの中には、簡易ベッドが、二列に規則正しく並べられていた。その端で、ホアが荷物をまとめている。
「ホア」
バリーが後ろから声をかける。
「引き止めに来たのか?」
ホアは振り返った。バリーはホアのベッドに腰掛ると、ホアを見た。
「いいや」
その言葉を聞いたホアの手が止まる。
「ここを出るのは、お前の自由だ」
ホアは、バリーの顔を見た。
「お前と、クライトマンは信用できるが、奴ら(ARVN)だけは信用できない」
「俺も、信用できるのはお前だけだ」
バリーはホアに握手を求める。ホアはそれに応えた。
「一つだけ、聞いてくれ」
バリーが言う。
「南とアメリカは、必ずこの戦争に負ける」
ホアは怪訝な表情を浮かべる。彼は軍全体の士気の低下は感じていたが、この戦争に負けるとは考えていなかった。
「北が勝てば、お前たちは更なる迫害を受けるはずだ。いや、セサンで見た虐殺に遭うかもしれない」
ホアの表情が驚きに変わった。バリーは続ける。
「CIDGを抜けるなら、今のうちにベトナムを出ろ。いいな」
バリーの目を見たホアが頷く。
「必ず、生き延びろよ」
バリーはホアの肩を叩いた。
彼の予言どおり、1975年にサイゴンが陥落し、南ベトナムという傀儡政府が消え、北ベトナム軍が勝利した。そして、モンタニヤードは北ベトナム軍に迫害を受ける。

煙草を一本吸った後、バリーはHQ(作戦本部)に来た。その部屋に入ると、階級章もつけていない真新しいファティーグ(迷彩服)を着た男と、二人の軍人がバリーを待っていた。
「よく来た」
バリーはその男に敬礼する。
「私はMACV(南ベトナム軍事援助司令部)のエドナー・ガーツだ」


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