空が白み始めた。空爆から逃れたものの、バリーの体力は限界を超えていた。既にカンボジア国境を越え、バンロンに入っている。海兵隊のファイアベースまで、あと少しだった。 「サージ(曹長)!起きてるか!?」 バリーは力を振り絞った。その声に、クライトマンが微かに反応する。 「もう着くぞ、起きろ!」 クライトマンは動かなかった。 「おい、フランク!」 あの出血量では、彼は、もたないかもしれない。バリーはずっとそんなことを考えていた。 また、自分の手の中で人が死ぬのか。 そう思ったとき、バリーの目の前に、アンジェリアの笑顔が浮かぶ。 「俺の・・・俺の夢は・・・」 もう、バリーは走ることが出来なかった。一歩ずつ、その足を進める。 「愛する女と・・・」 自分に言い聞かせるように、バリーが言った。 「フライ・フィッシングでもしながら・・・のんびり暮らす・・・」 バリーの足が止まった。もうこれ以上は、進めない。 「大丈夫か?」 ホアの声も聞こえなかった。自分の乱れた息と、壊れそうな心臓の音だけが、頭の中に響く。バリーは膝を屈しかけたとき、背負ったクライトマンの腕が、僅かに動く。 「いい・・・夢じゃねえか・・・」 その声が聞こえた時、屈しかけたバリーの膝が、震えながらも、もう一度立ち上がった。 「あんたの・・・夢を、聞かせろ!」 バリーは、再びその足を進めた。ホアが少し先を走り、前方を見る。 「ファイアベースが見えたぞ!」 ホアが振り返った。 「夢か・・・夢は・・・」 背負ったクライトマンの身体が、急に重く感じた。 そして、彼は何も反応しなくなった。 バリーは、彼が息絶えたことを知りながら、それでも足を進めた。 海兵隊のファイアベースに入り、背負ったクライトマンを下ろす。数人の兵士と衛生兵が駆け寄り、彼の首に手を当てると、バリーとホアの顔を見て、首を横に振った。
5月5日 北ベトナム軍は第二次一斉攻撃を開始する。彼らの情報で、アメリカ軍は反撃体勢を整えてはいたが、敵の圧倒的な攻勢の前に、6月末に要衝であったケサン基地を放棄する。 ベトナム戦争は、更に泥沼の一途を辿っていった。
バリーは、この時の功績を称えられ、二階級特進、そして名誉ある“シルバー・スター”を授与されたが、彼はこれを辞退した。 「救えなかったのに、何がシルバー・スターだ!」 そう吐き捨てると、バリーはウィルキンソン大尉の部屋を出る。 テントに戻り、自分のベッドに倒れこんだ。
あの聖域で感じた“異様な気配”とは、村で虐殺されたもの達の、魂だったに違いない。彼らは、真の意味での“精霊”だったのだ。「人を殺す」愚かな行為に、彼らは怒る。 その怒りに触れたものは、彼らに命を吸い取られていく。 愚かな人間、それは・・・。
セサン聖域____________そこは、精霊が支配する森だった・・・。
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