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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第87回   87
空が白み始めた。空爆から逃れたものの、バリーの体力は限界を超えていた。既にカンボジア国境を越え、バンロンに入っている。海兵隊のファイアベースまで、あと少しだった。
「サージ(曹長)!起きてるか!?」
バリーは力を振り絞った。その声に、クライトマンが微かに反応する。
「もう着くぞ、起きろ!」
クライトマンは動かなかった。
「おい、フランク!」
あの出血量では、彼は、もたないかもしれない。バリーはずっとそんなことを考えていた。
また、自分の手の中で人が死ぬのか。
そう思ったとき、バリーの目の前に、アンジェリアの笑顔が浮かぶ。
「俺の・・・俺の夢は・・・」
もう、バリーは走ることが出来なかった。一歩ずつ、その足を進める。
「愛する女と・・・」
自分に言い聞かせるように、バリーが言った。
「フライ・フィッシングでもしながら・・・のんびり暮らす・・・」
バリーの足が止まった。もうこれ以上は、進めない。
「大丈夫か?」
ホアの声も聞こえなかった。自分の乱れた息と、壊れそうな心臓の音だけが、頭の中に響く。バリーは膝を屈しかけたとき、背負ったクライトマンの腕が、僅かに動く。
「いい・・・夢じゃねえか・・・」
その声が聞こえた時、屈しかけたバリーの膝が、震えながらも、もう一度立ち上がった。
「あんたの・・・夢を、聞かせろ!」
バリーは、再びその足を進めた。ホアが少し先を走り、前方を見る。
「ファイアベースが見えたぞ!」
ホアが振り返った。
「夢か・・・夢は・・・」
背負ったクライトマンの身体が、急に重く感じた。
そして、彼は何も反応しなくなった。
バリーは、彼が息絶えたことを知りながら、それでも足を進めた。
海兵隊のファイアベースに入り、背負ったクライトマンを下ろす。数人の兵士と衛生兵が駆け寄り、彼の首に手を当てると、バリーとホアの顔を見て、首を横に振った。

5月5日
北ベトナム軍は第二次一斉攻撃を開始する。彼らの情報で、アメリカ軍は反撃体勢を整えてはいたが、敵の圧倒的な攻勢の前に、6月末に要衝であったケサン基地を放棄する。
ベトナム戦争は、更に泥沼の一途を辿っていった。

バリーは、この時の功績を称えられ、二階級特進、そして名誉ある“シルバー・スター”を授与されたが、彼はこれを辞退した。
「救えなかったのに、何がシルバー・スターだ!」
そう吐き捨てると、バリーはウィルキンソン大尉の部屋を出る。
テントに戻り、自分のベッドに倒れこんだ。

あの聖域で感じた“異様な気配”とは、村で虐殺されたもの達の、魂だったに違いない。彼らは、真の意味での“精霊”だったのだ。「人を殺す」愚かな行為に、彼らは怒る。
その怒りに触れたものは、彼らに命を吸い取られていく。
愚かな人間、それは・・・。

セサン聖域____________そこは、精霊が支配する森だった・・・。


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