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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第86回   86
5月4日
真夜中を過ぎた。自分よりも、2インチ(6cm)も背の高いクライトマンを背負ったまま6時間も走る。バリーの疲労は極度に達し始めた。次第に彼の息が乱れる。
「タウバー、少し休ませてくれ」
クライトマンが、バリーの背中で囁く。バリーは休める場所を探し、木の陰にクライトマンを下ろすと、疲労のあまり膝を屈した。ホアは辺りを警戒しながら、彼らと少し距離を置き、見張りに就いた。
「大丈夫か?」
クライトマンがバリーに話しかける。
「そういうあんたは?」
バリーがそう言うと、クライトマンの包帯を触った。包帯は出血で、ひどく濡れていた。月明かりに手をかざす。出血が止まらないようだった。バリーは自分のファティーグ(迷彩服)を脱ぎ、軽く折りたたんで銃創がある包帯の上に置くと、2本のベルトでそれを巻きつけた。
「無駄だ」
クライトマンが言う。
「黙ってろ」
バリーは水筒を出して彼に水を飲ませ、自分も一口の水を飲む。
「精霊を、怒らせちまったかな?」
こんな時に、クライトマンが笑いながら冗談を言った。その笑みが消えると、彼は静かに話し始めた。
「タウバー・・・俺は昔、女房を殴ったことがあってな・・・」
バリーは3人分の米のレーションに水を注ぎ、少し待つ。
「ベトナム・ツアー(従軍)から、一度国に帰ったときのことだ」
「原因は、何だ?」
バリーがクライトマンと、少し離れたホアにレーションを渡す。
「自分でも、覚えてない」
バリーはそのレーションを、口へかき込んだ。
「気付いたとき、女房は・・・ルースは、血だらけだった」
クライトマンの脳裏に、血だらけになった彼女の顔と、その奥で倒れている裸の男の顔がフラッシュバックとして甦る。
「奥さんは、今どうしてるんだ?」
「・・・別れた」
クライトマンは一口だけ、レーションの米を口にする。
「戦っても、誰も俺を歓迎しない・・・蔑まされるだけだ」
彼は声を震わせた。
「俺は、ろくでなしだ。だから、ここに俺を置いていけ・・・」
「らしくないな・・・」
バリーが笑う。
「生きていれば、なんとかなるさ」
そう言いながら、バリーはもう一口水を飲んだ。それを聞いたクライトマンが笑う。
「お前は、変わった奴だな」
バリーは水を、彼に飲ませる。
「お前に・・・夢はあるか?」
クライトマンが言った。
その時、バリーが何かの気配に気付く。同時にホアも、その気配を感じていた。バリーはゆっくりとCAR15に手をかける。ホアも銃を構えていた。ベトナム語が飛び交う。人間が数人走り去っていた。後方で爆発音がする。上空から、何かのエンジン音が轟き始めた。B52(爆撃機)ガンシップが近付いている。空爆だった。このままでは、爆撃に巻き込まれる恐れがあった。
「ナパームだ!」
バリーが叫んだ。彼はクライトマンを起こし、その身体を背負った。ホアが彼らの後ろにつく。
「行くぞ!」
バリーはまた、走り始めた。


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