5月4日 真夜中を過ぎた。自分よりも、2インチ(6cm)も背の高いクライトマンを背負ったまま6時間も走る。バリーの疲労は極度に達し始めた。次第に彼の息が乱れる。 「タウバー、少し休ませてくれ」 クライトマンが、バリーの背中で囁く。バリーは休める場所を探し、木の陰にクライトマンを下ろすと、疲労のあまり膝を屈した。ホアは辺りを警戒しながら、彼らと少し距離を置き、見張りに就いた。 「大丈夫か?」 クライトマンがバリーに話しかける。 「そういうあんたは?」 バリーがそう言うと、クライトマンの包帯を触った。包帯は出血で、ひどく濡れていた。月明かりに手をかざす。出血が止まらないようだった。バリーは自分のファティーグ(迷彩服)を脱ぎ、軽く折りたたんで銃創がある包帯の上に置くと、2本のベルトでそれを巻きつけた。 「無駄だ」 クライトマンが言う。 「黙ってろ」 バリーは水筒を出して彼に水を飲ませ、自分も一口の水を飲む。 「精霊を、怒らせちまったかな?」 こんな時に、クライトマンが笑いながら冗談を言った。その笑みが消えると、彼は静かに話し始めた。 「タウバー・・・俺は昔、女房を殴ったことがあってな・・・」 バリーは3人分の米のレーションに水を注ぎ、少し待つ。 「ベトナム・ツアー(従軍)から、一度国に帰ったときのことだ」 「原因は、何だ?」 バリーがクライトマンと、少し離れたホアにレーションを渡す。 「自分でも、覚えてない」 バリーはそのレーションを、口へかき込んだ。 「気付いたとき、女房は・・・ルースは、血だらけだった」 クライトマンの脳裏に、血だらけになった彼女の顔と、その奥で倒れている裸の男の顔がフラッシュバックとして甦る。 「奥さんは、今どうしてるんだ?」 「・・・別れた」 クライトマンは一口だけ、レーションの米を口にする。 「戦っても、誰も俺を歓迎しない・・・蔑まされるだけだ」 彼は声を震わせた。 「俺は、ろくでなしだ。だから、ここに俺を置いていけ・・・」 「らしくないな・・・」 バリーが笑う。 「生きていれば、なんとかなるさ」 そう言いながら、バリーはもう一口水を飲んだ。それを聞いたクライトマンが笑う。 「お前は、変わった奴だな」 バリーは水を、彼に飲ませる。 「お前に・・・夢はあるか?」 クライトマンが言った。 その時、バリーが何かの気配に気付く。同時にホアも、その気配を感じていた。バリーはゆっくりとCAR15に手をかける。ホアも銃を構えていた。ベトナム語が飛び交う。人間が数人走り去っていた。後方で爆発音がする。上空から、何かのエンジン音が轟き始めた。B52(爆撃機)ガンシップが近付いている。空爆だった。このままでは、爆撃に巻き込まれる恐れがあった。 「ナパームだ!」 バリーが叫んだ。彼はクライトマンを起こし、その身体を背負った。ホアが彼らの後ろにつく。 「行くぞ!」 バリーはまた、走り始めた。
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