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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第82回   82
5月2日
LZからカンボジア国境を越え、ラタナキリ県に入り、セサン河まで30kmのところまで行軍する。途中、2度NVA(北ベトナム軍)の本隊とすれ違ったが、交戦することもなく無事に切り抜けられた。なるべく、無駄な弾丸は使わないようにしていた。

5月3日
セサン河まで10kmに達した。バリーとクライトマンは、あることに気付いた。それまでNVAの気配をよく感じていたものの、セサンに近付くにつれ、急に辺りが穏やかになっていくのが分かった。
「静かすぎる」
先頭を歩いていたバリーが、立ち止まる。
「やはり、お前もそう思うか」
後ろを歩いていたクライトマンも、続いて立ち止まった。
「聖域に、入ったか?」
クライトマンが冗談を言った。
それにしても、NVAの殺気も、人の気配すらも感じられない。バリーは、何か嫌な予感がしていた。
この周辺には、クルン族かラオ族という少数民族が住んでいるはずだった。途中、農園に出た。荒れてはいたものの、赤い実が生っている。コーヒーの実だった。確かに、人間が存在しているはずだった。
「精霊が支配する森か・・・」
バリーが呟く。殺気も、人の気配も感じないが、何か得体の知れない、異様な気配を感じ始めていた。
その時、バリーは咄嗟にCAR15(M16)を構える。
「どうした?」
後ろにいたクライトマンにも、緊張が走った。
「何かいる」
バリーが構えるCAR15の銃口は、確実に何かを捕らえていた。
「気配は、何も感じないぞ」
クライトマンとホアは、バリーが感じていた“何か”を探すが、目で見る限りは、何も見えなかった。
「精霊か?」
クライトマンが言った。
「いや・・・確かに、人間だ」
深いジャングルの中に、何かが存在している。バリーは全身の神経を研ぎ澄ませた。すると、一歩を踏み出す微かな足音が聞こえた。二歩、三歩、その場所から、ゆっくりと遠ざかろうとする。が、“それ”は微かに葉を揺らしてしまった。“それ”に気付き、クライトマンとホアもCAR15を向ける。バリーは腰を低くしながら、“それ”に近付いた。
瞬間、バリーの足音に気付いた“それ”は彼の顔を見て、逃げ出す。
「女だ!」
クライトマンが叫ぶ。その女の足が、バリーに適うはずがなかった。女を捕らえると、バリーは彼女の姿に戸惑った。ホアよりも少し小さな女の服が、何かに引きちぎられていたようだった。女が何かを叫ぶ。
「駄目だ。こいつはクメール語を話していない」
ホアが言った。クメール語は、カンボジアの共通語である。違う言語を話しているということは、女がマイノリティである可能性が高かった。
「少数民族か?」
クライトマンが、女の顔を覗き込んだ。彼女は、何かに怯えている。腰まである女の黒い髪が、ひどく乱れていた。
「何かが、彼らの村であったのかもしれない」
バリーが言う。それを聞いたクライトマンは、装備を外す。
「何をするんだ?」
バリーはクライトマンを止めようとしたが、彼は黙って、着ていた迷彩服のシャツを脱いで女に着せた。
「少し汗臭いが、我慢してくれ。レディは、人前で肌を見せちゃ駄目なんだ」


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