5月2日 LZからカンボジア国境を越え、ラタナキリ県に入り、セサン河まで30kmのところまで行軍する。途中、2度NVA(北ベトナム軍)の本隊とすれ違ったが、交戦することもなく無事に切り抜けられた。なるべく、無駄な弾丸は使わないようにしていた。
5月3日 セサン河まで10kmに達した。バリーとクライトマンは、あることに気付いた。それまでNVAの気配をよく感じていたものの、セサンに近付くにつれ、急に辺りが穏やかになっていくのが分かった。 「静かすぎる」 先頭を歩いていたバリーが、立ち止まる。 「やはり、お前もそう思うか」 後ろを歩いていたクライトマンも、続いて立ち止まった。 「聖域に、入ったか?」 クライトマンが冗談を言った。 それにしても、NVAの殺気も、人の気配すらも感じられない。バリーは、何か嫌な予感がしていた。 この周辺には、クルン族かラオ族という少数民族が住んでいるはずだった。途中、農園に出た。荒れてはいたものの、赤い実が生っている。コーヒーの実だった。確かに、人間が存在しているはずだった。 「精霊が支配する森か・・・」 バリーが呟く。殺気も、人の気配も感じないが、何か得体の知れない、異様な気配を感じ始めていた。 その時、バリーは咄嗟にCAR15(M16)を構える。 「どうした?」 後ろにいたクライトマンにも、緊張が走った。 「何かいる」 バリーが構えるCAR15の銃口は、確実に何かを捕らえていた。 「気配は、何も感じないぞ」 クライトマンとホアは、バリーが感じていた“何か”を探すが、目で見る限りは、何も見えなかった。 「精霊か?」 クライトマンが言った。 「いや・・・確かに、人間だ」 深いジャングルの中に、何かが存在している。バリーは全身の神経を研ぎ澄ませた。すると、一歩を踏み出す微かな足音が聞こえた。二歩、三歩、その場所から、ゆっくりと遠ざかろうとする。が、“それ”は微かに葉を揺らしてしまった。“それ”に気付き、クライトマンとホアもCAR15を向ける。バリーは腰を低くしながら、“それ”に近付いた。 瞬間、バリーの足音に気付いた“それ”は彼の顔を見て、逃げ出す。 「女だ!」 クライトマンが叫ぶ。その女の足が、バリーに適うはずがなかった。女を捕らえると、バリーは彼女の姿に戸惑った。ホアよりも少し小さな女の服が、何かに引きちぎられていたようだった。女が何かを叫ぶ。 「駄目だ。こいつはクメール語を話していない」 ホアが言った。クメール語は、カンボジアの共通語である。違う言語を話しているということは、女がマイノリティである可能性が高かった。 「少数民族か?」 クライトマンが、女の顔を覗き込んだ。彼女は、何かに怯えている。腰まである女の黒い髪が、ひどく乱れていた。 「何かが、彼らの村であったのかもしれない」 バリーが言う。それを聞いたクライトマンは、装備を外す。 「何をするんだ?」 バリーはクライトマンを止めようとしたが、彼は黙って、着ていた迷彩服のシャツを脱いで女に着せた。 「少し汗臭いが、我慢してくれ。レディは、人前で肌を見せちゃ駄目なんだ」
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