5月1日 その日の早朝、バリーがテントから出て歯を磨いていると、クライトマンが背後から声をかけてきた。彼の身体から、酒の臭いがしていた。 「朝まで飲んでたのか?」 そう言うと、バリーがコップの水を口に含み、吐き出す。 「飲まなきゃ、やってられん」 クライトマンはバリーのコップを取り上げると、中に入っている水を飲み干した。 「何か、あったのか?」 バリーがそう言うと、彼は3月に起きたクアンガイ省にある、ソンミ村での事件を話した。 第23歩兵師団第11軽歩兵旅団・バーカー機動部隊、第20歩兵連隊第1大隊C中隊、カリー中尉率いる第1小隊が、無抵抗の村民500人を虐殺したのだ。クライトマンはそれを、HQ(作戦本部)で耳にし、激しい憤りを感じていた。 「俺は、ろくでなしだが、戦うべき相手の区別はついている」 クライトマンが続ける。 「HQの連中は、1月のテト攻勢で、民間人の中にもチャーリー(ベトコン)が潜んでいるから、仕方がなかったのだと言ったが、俺は女子供を殺すくらいなら、自分が死んだほうがマシだ」 彼はポケットから財布を取り出し、一枚の写真をバリーに見せた。 「女房と娘だ」 ブルネットの女性が、赤ん坊を抱いて笑顔を浮かべている写真だった。 「きれいだろ?」 バリーは、それに微笑んで返した。 「名前は、何ていうんだ?」 「女房はルース、娘はケイトリンだ」 「良い名前だ」 写真を持ったバリーの手から、クライトマンがそれを取り上げる。 「手ぇ、出すなよ」 クライトマンが、バリーを睨みつける。 「酒と女房と娘がいれば、俺は何もいらん」 彼は笑顔を浮かべ、バリーの肩に腕を回した。 「女はいいぞ、女の身体は安らぐ」 「大尉が呼んでる。俺と、あんたを」 「何だ、任務か?お前は、面白味が無い奴だな」 バリーは肩に回ったクライトマンの腕を解いた。 「お前に、愛する女はいないのか?」 クライトマンは眉間にしわを寄せる。その場を去ろうとしたバリーが立ち止まった。 「いるさ」 そう言うと、バリーは足早にその場を去った。その後姿を見たクライトマンは、地面に唾を吐く。 「ファッキン・カレッジ・ボーイ!」
ウィルキンソン大尉の部屋に入ると、ホアが既に二人を待っていた。 「よし、揃ったな。ブリーフィングを始めるぞ」 ウィルキンソンは地図を広げた。アンロクの南西にあるLZからカンボジアを越境し、セサン河周辺を指した。 「カンボジア、セサン聖域に行くんだ」 ウィルキンソンが言った。 「聖域?」 バリーが大尉に問いかける。 「この周辺は精霊が棲む森といわれてるんだ。大声を出すことも、冗談も精霊の怒りをかうと、この周辺に住んでいる少数民族は信じている」 「で、俺たちは何をすればいい?」 クライトマンが腕を組みながら、大尉の話を待つ。 「偵察機が写真を撮ったのだが、ここ周辺にNVA(北ベトナム軍)が軍備を増強し始めたようなんだ」 その写真を見るが、案の定ジャングルの木々で殆どが隠れ、微かにトラックが数台写っているだけだった。 「それを確認せよ、ということか」 クライトマンが葉巻をくわえる。ウィルキンソンも煙草を吸いながら、目の前に立っている三人を見る。 「作戦行動は5日。お前たち、無事に帰ってこいよ」
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