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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第81回   1968年5月 カンボジア セサン・サンクチュアリ
5月1日
その日の早朝、バリーがテントから出て歯を磨いていると、クライトマンが背後から声をかけてきた。彼の身体から、酒の臭いがしていた。
「朝まで飲んでたのか?」
そう言うと、バリーがコップの水を口に含み、吐き出す。
「飲まなきゃ、やってられん」
クライトマンはバリーのコップを取り上げると、中に入っている水を飲み干した。
「何か、あったのか?」
バリーがそう言うと、彼は3月に起きたクアンガイ省にある、ソンミ村での事件を話した。
第23歩兵師団第11軽歩兵旅団・バーカー機動部隊、第20歩兵連隊第1大隊C中隊、カリー中尉率いる第1小隊が、無抵抗の村民500人を虐殺したのだ。クライトマンはそれを、HQ(作戦本部)で耳にし、激しい憤りを感じていた。
「俺は、ろくでなしだが、戦うべき相手の区別はついている」
クライトマンが続ける。
「HQの連中は、1月のテト攻勢で、民間人の中にもチャーリー(ベトコン)が潜んでいるから、仕方がなかったのだと言ったが、俺は女子供を殺すくらいなら、自分が死んだほうがマシだ」
彼はポケットから財布を取り出し、一枚の写真をバリーに見せた。
「女房と娘だ」
ブルネットの女性が、赤ん坊を抱いて笑顔を浮かべている写真だった。
「きれいだろ?」
バリーは、それに微笑んで返した。
「名前は、何ていうんだ?」
「女房はルース、娘はケイトリンだ」
「良い名前だ」
写真を持ったバリーの手から、クライトマンがそれを取り上げる。
「手ぇ、出すなよ」
クライトマンが、バリーを睨みつける。
「酒と女房と娘がいれば、俺は何もいらん」
彼は笑顔を浮かべ、バリーの肩に腕を回した。
「女はいいぞ、女の身体は安らぐ」
「大尉が呼んでる。俺と、あんたを」
「何だ、任務か?お前は、面白味が無い奴だな」
バリーは肩に回ったクライトマンの腕を解いた。
「お前に、愛する女はいないのか?」
クライトマンは眉間にしわを寄せる。その場を去ろうとしたバリーが立ち止まった。
「いるさ」
そう言うと、バリーは足早にその場を去った。その後姿を見たクライトマンは、地面に唾を吐く。
「ファッキン・カレッジ・ボーイ!」

ウィルキンソン大尉の部屋に入ると、ホアが既に二人を待っていた。
「よし、揃ったな。ブリーフィングを始めるぞ」
ウィルキンソンは地図を広げた。アンロクの南西にあるLZからカンボジアを越境し、セサン河周辺を指した。
「カンボジア、セサン聖域に行くんだ」
ウィルキンソンが言った。
「聖域?」
バリーが大尉に問いかける。
「この周辺は精霊が棲む森といわれてるんだ。大声を出すことも、冗談も精霊の怒りをかうと、この周辺に住んでいる少数民族は信じている」
「で、俺たちは何をすればいい?」
クライトマンが腕を組みながら、大尉の話を待つ。
「偵察機が写真を撮ったのだが、ここ周辺にNVA(北ベトナム軍)が軍備を増強し始めたようなんだ」
その写真を見るが、案の定ジャングルの木々で殆どが隠れ、微かにトラックが数台写っているだけだった。
「それを確認せよ、ということか」
クライトマンが葉巻をくわえる。ウィルキンソンも煙草を吸いながら、目の前に立っている三人を見る。
「作戦行動は5日。お前たち、無事に帰ってこいよ」


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