この頃から、バリーはヘザーと話すことが少なくなっていった。彼女はベトナム戦争に対する、反戦運動にのめり込み始めていたのだ。大学自治の生徒たちと、行動を共にするようになっていった。そして彼女に、不可解な発言が多くなる。ジョージは心配していたが、バリーは何も行動を起こそうとしなかった。 「本当に、いいのか?」 講義室を出たバリーに、ジョージが呼び止める。 「ヘザーのやつ、何だか最近おかしいぞ?」 「放っておけ。いずれ熱は冷めるさ」 バリーは冷淡に言い放った。 「それより・・・」 歩いていたバリーが突然歩を止める。そして踵を返すと、ジョージを睨み付けた。 「お前、最近のアンは、何だか様子がおかしいと思わないのか?」 「何かあったのか?」 ジョージが急に不安げな表情を浮かべた。 ずっと図書館に通っているアンが、高校のレポートを書いているのは知っていたが、彼女の数学のレベルが格段に跳ね上がり、バリーが追いつけないほど、学力が向上しているのだ。 「しかもだ。二人分のランチを用意していたから、誰の分だと聞いたら“アルの分”だと言いやがった!」 「アル!?」 バリーは今からバイネッケ図書館に行って、“アル”という男を叩きのめしてやると怒った。ジョージもそれに賛同すると、二人は大学を出た。
アンとアルベルト・ベックマンが、バイネッケ図書館のテラスに座っていた。アンはアルの前で、ノートに膨大な量の計算式を書いている。そのスピードは凄まじいものだった。 それを見守るアルは、平静を装っていたものの、内心は今にも爆発しそうなほど、興奮しきっていた。彼女がそのペンを終えたとき、アルは思わず立ち上がり、奇声を上げてアンに抱きついた。 「凄いよ、アン!まさか、君がここまでやるとは!」 アンは呆然としている。計算式を書いているときの集中力が、未だに解けないようだった。 その時、アルの肩を誰かが叩く。アルが振り返る瞬間、拳が飛んできた。 「止めて!」 アンが叫ぶ。バリーはその拳を寸前で止めた。 「あんたが、アル?」 バリーが想像していた年齢と、かけ離れた男が立っている。アルはまだ恐怖におののいている。 「アルって、まさか貴方はアルバート・ベックマン博士?」 彼の顔に見覚えがあったジョージが、背後から言った。 「ア・・・アルベルトだ」 アルはネクタイを緩めた。屈んで椅子に座ろうとすると、アンが介助する。バリーは、彼のその名前に驚愕した。アルベルト・ベックマンはドイツの数学者で、第二次世界大戦中にナチス政権のドイツから亡命し、アメリカの原子力爆弾開発”マンハッタン計画”に参加していた人物だった。 「どうして、貴方がこんな所に!?」 バリーが言った。 「隠居の身でね。毎日暇つぶしに、ここへ来ていたら、彼女に会ったんだ」 そう言うと、アルが微笑む。 「アルは、私の友達なのよ」 アンとアルが微笑みあう。 「君が、アンのお兄さんだね」 一息ついたとき、アルがバリーを見上げて言った。
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