扉を開けると、店内は誰かの家に来た様相だった。楽しげなバイオリンの曲が流れており、テーブルは全て満席だ。 「シニョリーナ、今日はお一人ですか?」 すぐに30過ぎくらいの“やさ男”が、アンに話しかける。 「あの・・・あなたが、シニョーレ・ロベルタ?」 「おや、そういうシニョリーナは?」 「私は、アンジェリア・タウバー」 ロベルタはアンの顔を見て、周りが驚くような大声を上げる。 「君が、バリーの妹だね!」 ロベルタはアンに抱きつくと、彼女の両頬に挨拶のキスをした。アンの顔は真っ赤に染まる。 「シニョリーナ・アンジェリカ、バリーに似ず、とても美しいね!」 アンは小さな声で自分の名前を言いなおすが、ロベルタの耳には届いていないようだった。 「まだバリーは来ていないよ」 ロベルタはアンに言う。 「その事で、来たの」 アンはバリーが熱を出したので、今日は休ませて欲しいとお願いした。 「バリーが熱を出したのかい?」 ロベルタはそう言うと、腕を組み、苦虫を噛み潰したような顔をした。 「彼は、今まで一度も休まなかったからね。帰っても明け方まで起きて勉強をしていると言っていたから、疲れが出たんだろうな」 アンはロベルタの言葉に、愕然とした。彼女は自分がバリーに守られているという実感がなく、ただ甘えていたのだと、そのとき初めて気付いた。 「シニョーレ・ロベルタ、今日は私がバリーの代わりに働きます」 ロベルタは少し驚いて言葉を詰まらせたが、すぐに人懐っこい笑みを浮かべた。 「気にしなくて大丈夫だよ、アンジェリカ。それよりも、ちょっと待ってなさい」 そう言うと、ロベルタはキッチンに入り、紙袋を携えて戻った。それをアンに手渡す。 「今日のスープだ。バリーに飲ませてやりなさい。アンジェリカの分も入ってるよ」 紙袋の中に、小さな鍋が入っている。少し重いが、これくらいなら平気だった。 「シニョーレ・ロベルタ、いいの?」 ロベルタは、お得意の笑みを浮かべながら頷く。アンは、この優しさに目を潤ませた。 「そのかわり、今度改めて、この店にご飯を食べにおいで」 ロベルタは人差し指を立てる。 「ありがとう」 アンは礼を言った。 その時だった。突然、店内の電気が全て消えた。店内の各テーブルにはランタンが備え付けられていた為、真っ暗にはならなかったが、これが停電だと誰もが気付いた。一瞬店内が騒然となったが、ロベルタが店内の客と従業員に声をかけ、店はすぐに平静を取り戻した。ロベルタは店の窓から街を見る。車のヘッドライト以外は、街灯も部屋の明かりも全て消えていた。 「アンジェリカ、どうやら街全体が大停電のようだ。危ないから少し復旧するまで、ここにいなさい」 ロベルタは言うが、アンは首を振った。 「バリーが心配だから、帰ります」 アンは外に出ようとしたが、ロベルタが呼び止め、レジスターにあったランタンを手渡した。 「危ないから、重いけどこれを持っていきなさい。復旧が遅ければ、家で役に立つよ」 背の高いロベルタが、少し屈んでアンに話した。アンはロベルタの頬にキスをすると、礼を言って店を出た。 「アンジェロ・ドーロ(金色の天使)・・・」 ロベルタの頬が真っ赤に染まりあがった。
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