アンは、その問いに頷いた。鉛筆が散乱した瞬間、頭の中に数字が浮かんだと応えた。 「お嬢さんは、イェールの学生かな?」 アンは首を振る。 「今、通信制の高校生なの」 その老紳士は、それを聞いて感嘆の声を上げる。老紳士は更にアンの過去を聞いた。彼女のIQが100ぎりぎりで、学校も落第していたこと。字が読めない上に、書けなかったこと。 「字が書けない?」 老紳士は、アンに聞く。 「ヘザーが、私の書く文字は“鏡文字”だって言ってたわ」 そして鏡文字を克服しつつある今、一瞬でそのページを読み、記憶し、理解することが出来る事が一番楽しいとも、その老紳士に話した。 「ほほう・・・」 図書館のテラスに座って話すアンの向かいに、その老紳士が座っていた。 その老紳士は少し考えると、アンジェリアに話した。 「お嬢さん、数学を学んでみる気は無いかね?」 「数学?」 老紳士は頷いた。 「数学は、この世界の謎を紐解く学問なんだ。この宇宙が生まれた理由、この地球が生まれた理由、そしてお嬢さんが生まれた理由が、解るかもしれない学問だよ」 「私が・・・生まれた理由?」 「そうだ。その謎を解くんだ」 そう言うと、老紳士はまた柔和な笑みを浮かべる。その笑みに釣られるように、アンも輝くような笑みを浮かべた。 「お嬢さんさえ良ければ、毎日ここで、僕が教えてあげよう」 「おじいさんが?」 「僕は昔、学校で数学を教えていたことがあるんだ」 アンはその言葉を聞くと、さっきまで浮かべていた笑顔が消える。 「どうかしたかい?」 老紳士は、俯いたアンに問いかけた。 「数学を学びたいけど、私にはそんなお金がなくて・・・」 それを聞いた老紳士は、また柔和な笑みを浮かべた。 「僕は引退して、妻にも先立たれてね。毎日暇をつぶしに、この図書館に来ているだけなんだ。老い先短い、この老いぼれの道楽に付き合ってくれると、僕も嬉しいんだがね」 「本当?」 「ああ」 アンは再び、満面の笑顔を浮かべた。 「僕の名は、アルベルト・ベックマンだ。“アル”と呼んでくれ」 その老紳士、ベックマンはアンに握手を求めた。 「私はアン。アンジェリア・タウバーよ」 「天使!美しい名前だ!」 その言葉に、アンは頬を赤らめる。 「じゃあ、おじいさん・・・アルは、私の友達ね!」 「友達だ!」 二人は、固い握手を結んだ。
夕方になりアパートに戻ると、バリーが朦朧とした状態で帰ってきた。 「大丈夫?」 「少し眠るから、1時間したら起こしてくれ」 バリーはドアを開けたまま、ベッドに倒れこんだ。アンは話しかけるが、バリーは既に気を失っていた。額に手を当てると、朝よりも熱が高くなっている。1時間したら起こしてというのは、アルバイトの時間を言っているのだ。 アンは少し考え、すぐに氷枕を作り、バリーの頭にあてがった。彼女はコートを羽織って、外に出た。既に薄暗くなり始めている。街頭に明かりが灯り始めた。 始めに薬屋へ足を運んだ。そこで、解熱剤を買う。次に「ウーノ・セルボ」へ向かった。迷いながら、ブリュースターストリートを歩く。すると「トラットリア・ウーノ・セルボ」という小さな看板を見つけた。
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