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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第42回   1964年10月 イェール大学
1963年11月22日に、テキサス州ダラスで、全世界を震撼させた事件が起こっていた。第35代アメリカ合衆国大統領ジョン・Fケネディの暗殺である。副大統領であったリンドン・ジョンソンがケネディの後を継いでいたが、この年は4年毎に行われる、45回目のアメリカ合衆国大統領一般選挙の年だった。
大学の中では、専らこの選挙の話題が講義の間でも飛び交っていた。現大統領・民主党のリンドン・ジョンソンか、予備選挙を勝ち抜いた共和党のバリー・ゴールドウォーターかと。
 法学の講義が始まる前に、バリーの隣にバラの香水をつけた女が座っていた。彼女はバリーに隣に座ってもいいかと了承を得ると、自分の名前を名乗った。
「私はヘザー。ヘザー・ベル・シェパードよ」
そう言うと、彼女はバリーに握手を求める。
「タウバーだ」
「貴方の事、知ってるわ。ゴールドウォーターと同じ名前の“バリー”でしょ?」
紺碧の瞳を持つヘザーが微笑んだ。バリーは彼女の名前に覚えがあった。上院議員・アンドリュー・シェパードの一人娘で、寄宿制私立名門高校(ボーディングスクール)グロートン校を首席で卒業した才女である。その上、彼女は“クール・ローズ”と揶揄されるほどの美女だった。
講義が終わり、ヘザーはこの大統領選の予想を、バリーにぶつけた。彼女はリンドン・ジョンソンが引き続き大統領として当選するだろうと言った。ジョンソンは前年のキング牧師が起こした公民権運動にも深い理解を示している。人種差別主義者のゴールドウォーターが当選すれば、再びソ連と戦争突入になりかねない。だからジョンソンが当選するだろうと言った。
「貴方は、どちらが勝つと思うの?」
バリーは一瞬の間を置いて答えた。
「恐らく・・・ジョンソン・・・」
「やっぱり貴方もそう思うのね!」
「いや・・・」
バリーもヘザーと同じジョンソンだったが、考えは全く違っていた。
「7月の共和党大会でのゴールドウォーターの演説を聴いたが、彼は頭の切れる男だ。それに、ジョンソンは彼を“レイシスト”(人種差別主義者)と言ったが、彼はNAACP(有色人種向上協会)の設立者の一人なんだ。公民権運動問題、人種差別撤廃に熱心な議員として有名だった」
バリーは続けた。
「ケネディが暗殺され、ベトナム戦争の激化。世情が不安に包まれているところを、ジョンソンはさらにその不安を煽ったんだ。ゴールドウォーターが当選すると「核が使われる」とね。リベラル派だったケネディと違い、彼は完全な保守派だ。だが、国民の票を手にする為に、公民権運動に“理解”を示したんだ。キング牧師は、ジョンソンに利用されたのさ」
バリーは本をまとめ、帰り支度をする。
「ジョンソンは、ある意味“人心”を操る才能があるようだ。だから、当選はジョンソンだろう」
バリーが立ち上がり、席を立とうとする。
「でも、ジョンソンが大統領になれば、ベトナム戦争は少しでも早く終結するかもしれないわ」
ヘザーが言った。
「ジョンソンが言った言葉は、全てケネディの決定に補足したものだ。俺は、ジョンソンが当選したら、ベトナムは更に激化すると見ている」
バリーはそう言うと、その場を離れようとした。ヘザーは彼を呼び止める。
「ねえ、一緒に食事でもしない?」
「今からアルバイトなんだ」
そう言うと、バリーは講義室を出た。


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