アンジェリアは、ベッドの上で何度も寝返りを打っていた。あの時の“声”は、バリーの声ではなかった。聞きなれた優しい、懐かしい声。そして、自分を“リトル・アン”と呼ぶ声。その名で呼ぶのは、二人しかいない。ロレーナと、スピラーン神父。 アンは何度も、あの優しい“声”を思い返していた。 ふとベッドから立ち上がると、部屋のドアを、そっと開ける。キッチンの前にある小さなテーブルの上で、本を開けたままバリーが眠ってしまっていた。彼女はバリーの寝顔に触れようとするが、彼の肩に自分が羽織っていたカーディガンを掛けた。キッチンを見ると、冷蔵庫の中にミルクとチョコレートが置いてある。小さな鍋にミルクを注ぎ、火に掛けながらチョコレートを溶かし、二杯の砂糖を入れた。 「アン・・・起きたのか?」 その物音で、バリーが居眠りから目覚める。アンジェリアは何も言わず、鍋で温めた物を、二つのコップに注いだ。 「ホットチョコレートよ。飲む?」 バリーは意外だという表情を一瞬見せるが、小さく頷いた。バリーの正面にアンが座り、二人はホットチョコレートを口にした。甘く、熱いチョコレートの香りが、口の中に広がっていく。 「おいしい・・・」 アンが頬を赤く染めながら、微笑んだ。 「旨い」 バリーは微笑みながら唸った。 「“甘いミルクチョコレートは、しかめっ面も笑顔にしてくれる”」 アンが微笑みながら言う。ロレーナが言った言葉だった。バリーはその言葉が胸に染みた。アンの顔に精気が戻っている。 「しかめっ面も、笑顔に・・・」 バリーは何度も自分に言い聞かせるように、この言葉を呟いていた。
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