目の前には、裸で抱き合う男と女がベッドに横たわっている。男は女の身体をまさぐり、女は精気のない眼差しで定まらない宙を見ていた。ふと女は気配に気付き、部屋の入り口に視線をずらす。そして言いようのない、かすれた声の悲鳴を上げた。 その悲鳴と同時に、男も入り口を見る。その瞬間、肉を殴る鈍い音が響き渡った。 男はベッドから立ち上がって反撃しようとするが、バリーには太刀打ちできなかった。倒れこむ男に、更に激しい殴打を繰り返す。 「やめて!!」 女が叫ぶと同時に、バリーの拳が止まった。倒れた男の額から、血が流れ落ちる。 バリーが生まれたときから見慣れた、年老いた男・父親のジョナサンだった。 息の乱れたバリーは、背後を振り返った。ベッドの上にいる女は、シーツを頭から被る。その隣に腰を下ろすと、バリーは女の頭を優しく撫でた。 「アン・・・」 シーツを被ったアンジェリアの身体が小刻みに震えている。 「分かってる」 アンの身体の振るえが微かに止む。 「一緒に、ここを出よう」 シーツの中から、アンが顔を出した。バリーはシーツごとアンを抱き上げると、その部屋を出ようとした。床に倒れているジョナサンをゆっくりと睨み付けながら。
二階へ上がり、既にまとめておいた自分の荷物を持つと、アンを抱き上げたまま彼女の部屋に入った。アンに服を着させ、簡単に彼女の荷物をまとめると、彼女の机の上に飾られていたスピラーン神父のロザリオを手に取り、二人で階下に下りた。アンの肩を抱きながらエントランスを抜け、車庫にあった母親の真っ赤なシボレーにアンを助手席に乗せたとき、バリーの背中に銃口が押し付けられた。 「アンはお前には渡さん!」 ガウンを羽織ったジョナサンが、バリーの背中に小さな護身用の銃を突きつけている。 「分からんのか?あの子は男を惑わす淫乱だ!」 「違う!」 バリーは振り向きざまにジョナサンの銃を瞬時に奪い、それをジョナサンのこめかみに突き立てた。 「駄目!」 アンが叫ぶ。バリーは怒りのあまり呼吸が乱れるが、銃口をジョナサンに向けたまま、今度会うときは、必ず殺してやると言い捨て、シボレーに乗り込んだ。 車を反転させようとした時、扉の外に出てきた母親のミミが叫ぶ。 「アンジェリア、お前なんか生まれてこなければよかったんだ!」 バリーは構わず、タウバー邸を出るためにアクセルを踏み込んだ。
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