自分の部屋に戻る途中、アンジェリアの部屋の前を通った。立ち止まり、その部屋をノックしようとしたが、それを止めた。 「明日でいい」 バリーは懐かしい自分の部屋に入ると、すぐに眠りについた。 翌日、バリーは空腹で目が覚める。前日の夕食を摂っていなかったせいだった。腕時計を見ると、既に朝の10時を過ぎている。この二階のフロアに、人の気配は無かった。恐らくジョナサンは仕事、母親は社交界での付き合い、アンジェリアは・・・。バリーは一階に降りる。 「これは・・・?」 階段の下に地下室があるが、7年前には掛けられていなかった鍵がついていた。少し気にはなったが、空腹に耐え切れずダイニングへ向かう。 昨夜初めて会ったチェスターが、朝食を持ってくると告げた。 「お飲み物は?」 「コーヒーでいいよ」 数分で朝食が出された。メニューは洒落たもので、名前も分からないような料理が多かった。母親のミミが指示したのだろう。バリーは無性に、マーサのスコーンが食べたくなっていた。 チェスターに聞くと、アンジェリアは庭でバラの手入れをしているらしい。出された料理を口に押し込めると、庭へ出た。 マーサが育てた白いバラの中に、アンジェリアが立っている。彼女は昨日とは違い、麦藁帽子にオーバーオールというラフな格好で、鼻歌を歌いながらバラの手入れをしていた。 「昔のまんまだ」 バリーは微笑んだ。しかし格好は昔のままだが、美しく成長したアンジェリアに見惚れる。 アンはバリーの気配を感じ取ったのか、彼に駆け寄った。 「おはよう・・・」 麦藁帽子を脱ぐと、彼女は下を向いていた。 「昨日は・・・ごめんなさい・・・」 バリーは何も言わず、アンに背を向け、表情一つ変えずバラ園に歩みだした。 「・・・まだ怒ってる?」 アンはバリーの後を追う。 「ねえ・・・何か言ってよ」 突然、バリーは振り向きざまに水をぶっ掛けた。ずぶ濡れになるアンジェリア。 「昨日の仕返しだ!」 ずぶ濡れになったアンジェリアを指差して、大笑いするバリー。 「やったわね!」 アンは負けじと水のホースを掴むと、バリーに目掛けて水を放った。互いに水を掛け合い、泥も混じり始めて、服も泥まみれになっていった。その姿を見て、アンもバリーも大笑いした。 「もう、泥まみれだわ・・・」 「着替えて、支度しろよ」 「支度・・・?」 バリーは泥だらけの顔で微笑んだ。 「明日、ここを出る。今日は俺に付き合え」 驚いた顔を見せるアンだったが、すぐにその表情が曇る。 「ダメよ。今日は夕方にダニエルが来るの」 「それまでには戻る」
車庫のシャッターが勢いよく開く。バリーは差し込んだ光で浮かび上がった、真っ赤なシボレーに感嘆の声を上げた。母親ミミのセカンドカーだった。 「いい流線型だ」 バリーは手にした鍵を回す。その瞬間、低いエンジン音が響き渡る。車の鍵は、ミミの寝室にある化粧台に隠してあった。昔から隠し場所は変わっていない。おかげで、こんなことが出来るのだ。 車をエントランスに回すと、そこには着替えたアンジェリアが立っていた。彼女は真っ白なワンピースを着ていた。 「本当にいいの?」 「構わないよ」 アンが恐る恐る車に乗り込むと、バリーはタウバー邸を出た。
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