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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第32回   32
 タウバー邸に着く頃には、夕食時をとっくに過ぎていた。バリーは門を潜り抜けると、自分の家を見上げる。嫌な思い出ばかりが詰まった家だった。
「今度こそ、抜け出してやる」
バリーは自分に言い聞かせるように、小さく呟く。扉に向かう途中、庭に白いバラが咲いていた。家からの明かりで、その美しさが浮かび上がる。以前にマーサが育てていたバラだった。これを育てているのは、花が好きだったアンジェリアしかいないはずだった。
バリーはダニエルと婚約したアンに裏切られた思いだったが、スピラーン神父の墓に供えられているバラを見て、それは自分の思い違いだったと悟った。変わったのは容姿だけで、彼女は昔のままだった。一瞬でも疑った自分を恥じた。ダニエルと婚約したのは、何か訳があるのだろう。
 エントランスに入る為の扉を叩くと、中からチェスターと名乗る新しいバトラーが顔を出した。マーサとは正反対の、物静かな男だった。
チェスターは、父親のジョナサンの下にバリーを連れて行く。二階に上がり、ジョナサンの書斎の扉をチェスターがノックする。
「お連れしました」
扉が開くと、真正面に巨大なマホガニーのデスクが置かれていた。7年前に感じた大きさよりも、幾分か小さく感じる。
「遅かったな」
デスクで仕事に耽っていた父親のジョナサンが、椅子から立ち上がる。バリーは何も言わず、デスクの前に進んだ。
「せっかくダニーを迎えに寄こしたのに怒らせるなんて」
バリーはジョナサンの顔を睨み付ける。その顔には老眼鏡と、頭には白髪が混ざり始めていた。
「しかもウエストポイントを蹴って、イェールとは!お前はどこまで私を馬鹿にする気だ!?」
ジョナサンは手に、かつてバリーを殴りつけた鞭を手にする。
「わざわざフルスカラシップを取って、貧乏人の真似をするのか!?」
7年前は見上げていたはずの父親が、今では小さくなっている。自分が成長したせいなのか、父親が年老いたせいなのか。
「私の顔に泥を塗るようなマネを!」
ジョナサンが昔のように鞭を振り上げた瞬間、その腕を掴む。
「あんた、年老いたな」
バリーは笑みを浮かべた。ジョナサンは力を込めるが、その手はびくともしなかった。
「俺が戻ったのは、ここを出る準備と、アンに会うためだ」
バリーはその手に力を込める。ジョナサンは苦痛に顔を歪めた。
「ダニエルとアンの婚約も、どうせあんたの差し金だろう。止めさせろ」
そう言った瞬間、ジョナサンの顔にも笑みが浮かぶ。
「お前が出て行くのなら、それでもいい。しかし、アンジェリアの婚約には口を出すな」
「何?」
二人は睨み合った。バリーはジョナサンの腕を放す。
「アンは、あんな下衆野郎と結婚はさせない!」
「アンは,お前の言うことは聞かんよ」
バリーはジョナサンの書斎を出た。


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