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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第3回   1974年11月 NY
 手にしていた刑法の判例集を助手席に投げ捨て、シャツの胸ポケットに入れてあった"ラッキーストライク"を取り出し、一本口に咥えようとした。だが、中身は既に無くなっている。反射的にダッシュボードの中に手を入れ、新しい"ラッキーストライク"を取り出すと、待ちかねたように一本取り出し、火を点け、大きく吸い込んだ。車内を煙が充満していく。堪らず車窓を手で開け、溜まっていた煙を外へ逃がした。同時にヒーターで温まっていた車内に、冷たい空気が流れ込んでくる。かなりの冷気だった。ダッシュボードの上に取り付けられた時計にはAM1:00と表示されている。
 「もうこんな時間か」
男は呟いた。
 そのまま時計から視線を滑らせると、NYキャブの認可証と男の写真と名前が表示されていた。黒髪の端整な顔立ちだが、その髪の色からかけ離れた瞳の色を持つその男の写真と、"タウバー、バリー・J"と書かれてある。
その男、バリー・タウバーは再び煙草を大きく吸い込み、舌に残る苦味を味わいながらそれまで抱き続けてきた迷いに決着をつけようとしていた。
この街へ来て、もう二年が経っていた。
 ベトナム戦争に三年間従軍し、任期を経て帰還した彼を待ち受けていたのは"平和主義者"を気取る者達から浴びせかけられる"ベイビー・バーニング!"の罵声と、精神的に追い込まれた"戦争後遺症"である。
特にこの"戦争後遺症"、後に"心的外傷症候群(PTSD)"と呼ばれたこの"傷"には、自殺まで考えたほどだった。
夜ベッドに入り、遠くで鳴り響くサイレンの音や、酷い場合には床で這いまわる鼠の音でさえ飛び起きるようになり、一睡も出来ない日々が続いていた。挙句の果てには極度の睡眠不足からくる幻覚まで見るようになり、枕の下には常に銃を仕込むほどだった。


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