沈み行く夕日を眺めながら、その訃報を聞いた後も、バリーは眉一つ動かさなかった。 「何故、トムはアメリカへ行ってたんだ?あれほど気を付けろと、言ったのに・・・」 バリーは釣り上げた魚を、彼の周りで寝そべっていた猫に与えた。猫たちは、それに群がった。
5歳の時に、母親に捨てられたトーマス・パワーズは、ハイスクールを卒業するまでの13年間、コロラド・デンバーのファーベラ児童施設で育った。 「生まれ育ったコロラドのファーベラ児童施設に、あいつは多額の寄付をしていたんだ」 クルーエルは、海に釣り糸を垂らしている、バリーの背を見ながら、パワーズの過去を語った。 「デンバー市警は、教会に来ていた地上げ屋との、いざこざに巻き込まれたと言っている」 口論の後、地上げ屋がパワーズの後頭部に弾丸を撃ち込み、彼は即死だった。 垂らした糸を見ながら、バリーは微動だにせず、何も言わなかった。クルーエルは、バリーの言葉を待った。 「トムが、俺のSOGに来たとき、あいつはまだ20歳のガキだった」 リールを時折巻きながら、バリーはズボンのポケットから煙草を取り出し、くわえた。 「あの時は、俺もお前のSOGに来たときだ。よく、覚えている」 クルーエルがそれに応えた後、バリーは煙草に火を点け、少しの間、また何も言わなかった。 そして、おもむろに口を開いた。 「俺の口座から、トムの名前でファーベラ児童施設に、100万ドルを寄付してくれ」 「・・・了解」 クルーエルは、バリーの背を見た。彼は、冷静な姿勢を保っていた。 だが彼はトーマス・パワーズの死を悼んでいる。ベトナムから、付き合いの長いクルーエルには、それがよく分かっていた。 クルーエルがその場を立ち去ろうとしたとき、バリーが彼を呼び止める。 「デイビッド」 クルーエルが、その声に振り返った。 「反撃に出る。準備してくれ」 クルーエルに背を向けたまま、静かな声でバリーが言った。 「了解!」 クルーエルが小さく敬礼すると、その場を足早に立ち去った。
ワシントン、FBI・HQ(本部)。 特別捜査官ジョージ・スピラーンは、コロラド州デンバーで起こった、ある事件に注目していた。 被害者は、トーマス・パワーズ。 彼は、生まれ育ったファーベラ児童施設が、地上げに遭っている事実を聞き、地上げ屋との”いざこざ”に巻き込まれ、子供たちの前で後頭部を撃たれ、即死した。 デンバー市警は、単なる地上げ屋との間に起こった、偶発的な”事故”として見ている。 だが、不可解な点が幾つかあった。 ファーベラ児童施設に行っていた地上げ屋は、この件には全く関わっていないと、完全に否認を通している。 パワーズを撃った犯人は、未だ捕まっていない。 そしてパワーズの経歴に、ジョージが関心を持った。 トーマス・パワーズは1967年にベトナムへ志願。二度のツアー・オブ・デューティー(従軍期間)を経て、69年にLRPへ転属。 そのままMACV-SOGに抜擢され、バリー・タウバー中尉率いるSOGに配属されていた。 「まさか、バリーと何か関係があるのか?」 ジョージが小さく呟くと、ブリーフケースを手に取り、デンバーへ向かった。
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