バリーは煙草の煙を深く吸い込むと、ゆっくりと吐き出した。 「ビジネスは良いぞ。自分の思うように、戦略を立てられる。俺も、ここにいる仲間も、みんな軍に居たが、軍なんてものはクソだ」 クラッキオーロがキーをまわし、エンジンをかけた。 「軍がクソなのは、俺も知っている。だがこれは、俺のけじめでもあるんだ」 その言葉に、バリーは笑みを浮かべた。彼は、この男を気に入り始めていた。 「お前のファースト・ネームを教えてくれ」 防弾ベストのファスナーを緩めると、クラッキオーロがそれに応えた。 「サミュエル。サミュエル・”アッシュ”クラッキオーロ」 「”アッシュ”(灰)?お前が通ると、全てが灰になるから、コールサインが”アッシュ”なのか?」 バリーが、冗談を言った。 「いいや。人間は死ぬと、灰になる。それだけだ・・・」 クラッキオーロは、ジープを発進させる。バリーは、それを見送った。 「いいのか?このまま、奴を行かせて。奴は俺たちのことを話すか、軍に抹殺されるかの、どちらかだ」 クルーエルが言った。 「モラレスが死んで、救出作戦は失敗した。どのみち、俺たちは命を狙われる」 そう言うと、バリーは振り返ってクルーエル、ホア、パワーズ、マッカビーの顔を見た。 「イーグル・クロー作戦が失敗し、カーターは失脚するか、次の大統領選で落選するだろう。そうなれば、弱体化した筈のCIAが、強固なものに復活する。俺たちは、これからCIAとKCIAに命を狙われるハメになる」 彼らは、バリーの視線を逸らさなかった。 「抜けるなら、今の内だ。誰も責めない。むしろ、お前たちには、俺の仕事を手伝ってもらい、感謝しているんだ」 それに真っ先に応えたのが、クルーエルだった。 「乗りかかった船だ。最後まで、この船がどこまで行き着くのか、見届けないとな」 満面の笑みを浮かべ、彼は満足そうに言った。 「故郷に戻っても、退屈で死にそうだった。どうせ死ぬなら、俺は戦場で死ぬ」 煙草をくわえながら、マッカビーが笑みを浮かべた。その彼に、パワーズは肩を組んだ。 「格闘で、アンタに負ける。銃の腕でも、アンタに負ける。けれど、釣りの腕だけは、アンタに負けない。アンタの傍にいて、アンタが悔しがる顔を、これからも拝みたい」 冗談を交えた言葉に、バリーの口角が上がる。そして、その隣に立っていたホアに、視線をずらした。 「ホア、お前はどうするんだ?お前には、家族がいる。ここで抜けても、お前の家族が一生困らない金を渡す」 ホアの眼は、一点の曇りもなかった。彼は家族の長である男の顔ではなく、ベトナムでよく見た、”戦士”の顔になっていた。 「俺は”戦士”だ。最期まで、お前と共に戦う」 それは、クライトマンが撃たれたときに、彼が言った言葉だった。それをよく覚えていたバリーは、ホアの肩を掴んだ。
翌週、アメリカ合衆国政府は、イーグル・クロー作戦が失敗に終わったことを、国民に告げた。 イラン・アメリカ大使館で、人質になっていた者たちを救出するというこの作戦は、二機の輸送ヘリ・RH-53Dが砂嵐による視界不良のため不時着、そのうちの一機が油圧トラブルでの墜落し、8名の死者と4名の負傷者を出したと発表した。
ここにまた、全ての”真実”は、闇に葬られたのである・・・
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