マーサはバリーを優しく抱き寄せる。 「泣かないで」 神様が許してくださるのなら、この二人を連れ去りたい。二人を抱きしめながら、マーサは応えた。 「私なら大丈夫。心配いりませんよ」 マーサは笑顔を浮かべ、バリーとアンの顔を見た。 「ほら、二人とも泣かないで」 二人の頬を流れ落ちる涙を拭い取る。 「私よりも坊ちゃん、自分の事を考えなさい」 「でもマーサ・・・」 マーサは二人がここにいることを心配した。 「さぁ、帰りなさい。でも何かあったら、スピラーン神父様を頼って」 バリーは静かに頷いた。 マーサは再び歩み始めた。ふと振り返ると、バリーとアンジェリアが手を振っている。 後年バリーはマーサ・ジョンストンの行方を捜したが、見つける事が出来なかった。彼女はこの6年後、膵臓がんにより他界する。彼女の死をバリーが知ったのは、16年後のことだった。
ミシシッピー川を溯り一層深くなる森を抜けると、真っ直ぐ通った道がある。この道の先に、ジョージ・スピラーンの家があった。 もう日が暮れ始めている。自分には泣いている暇など無いと言い聞かせながら、後ろで泣いているアンに、しっかりつかまっているように言い、先を急いだ。 「アン、ジョージの家だ」 古ぼけた木の家のテラスには、既に明かりが灯っている。家の前で自転車を停め、アンを連れて家のドアを叩いた。 「ジョージ!開けてくれ!」 中から床を踏みしめる足音が近付いてくると、ドアがゆっくりと開いた。 「どうしたの!?」 中から現れたのはロレーナ・スピラーンだった。 「ジョージはどこですか?」 「ジョージはケイブさんのとうもろこし畑の手伝いに行ってるわ」 「じゃ、神父様は?」 「まだ教会よ。とにかく入りなさい」 ロレーナは二人を優しく迎え入れると、アンを抱き上げた。彼らの神妙な面持ちに、ロレーナは何かを感じ取っていた。 二人をリビングに入れると、キッチンで飲み物を冷蔵庫から出し、二つのコップに注ぎ込む。それをバリーとアンの前に差し出した。 「ミルクチョコレートよ。のど渇いたでしょ」 ロレーナは笑みを浮かべた。しかし彼らは手をつけようとしない。ロレーナは二人の前に座った。 「甘いミルクチョコレートは、しかめっ面も、笑顔にしてくれるわよ」 バリーは躊躇いながらミルクチョコレートを一口流し込む。甘い、チョコレートの香りが口の中に広がっていった。 「おいしい・・・」 バリーの口角が僅かに上がる。それを見たアンジェリアが両手でコップを掴むと、一気に飲み干した。 「おいしい!」 「もう一杯飲む?」 「うん!」 アンは満面の笑みを浮かべた。 「言ったとおりでしょう?“こんな時”は、甘いミルクチョコレートを飲むのが一番よ!」 バリーは自分たちが感じていた「何かの」負い目をロレーナが察してくれたことに、今まで耐えていた壁が音を立てて崩れたような気がした。バリーの瞳から堰を切ったように、大粒の涙が流れ落ち始める。それを見たアンも、同じように泣いた。 ロレーナは何も言わず、二人をやさしく抱き寄せた。
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