20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第23回   23
かなりのスピードを出している自転車を運転するバリーの後ろで、アンがしがみついている。舗装されていない道路を、砂煙を立てながら先を急いだ。
街を抜けて綿花畑を通り過ぎると、何も無い緩やかな丘の上に粗末な木の家が建っていた。マーサの家だった。家の前に自転車を停めると、アンと共にマーサの名前を呼びながら家の扉を叩くが、人の気配は無かった。呆然とする二人。そこへ畑から帰る初老の男が家の前を通り過ぎる。
「お前たち、誰か待ってるのか?」
男が麦わら帽子のつばを上げ、二人を見た。
「おじさん、マーサはどこへ行ったの?」
バリーが言う。
「マーサならさっき、メンフィスへ行く為に駅へ発ったよ」
「メンフィス?」
「ああ、歩いて行ったはずだから、まだ走れば追いつけるんじゃないか?」
バリーはその男に礼を言うと、アンを乗せて走り始めた。

 マーサ・ジョンストンは先日仕立て直していたワンピースを着ていた。恐らく袖を通すことは無いであろうと考えていたが、今日この服を着ることになるとは思いもよらなかった。
この日の朝、ミミ・タウバーから封筒に入った札束を渡された。この金は今までの給金と当面の生活費で、この街を出て行って欲しいと。だがそれを受け取らなければ、彼女の叔父や伯母が丹精込めて開墾した綿花畑を、すぐにでも返還してもらうと迫られた。
マーサに考える余地は無かった。50歳を過ぎて独身だった彼女は、メンフィスにいる従妹を頼ることにした。
これでよかったのだと思いながら、それでも、やはり後悔は残る。
静かな夏の午後だった。舗装されていない道路の砂を踏みしめる音が、マーサの耳に入る。道路の砂を踏みしめる一定の足音の中にふと、誰かの声を聞いたような気がした。マーサは振り返るが、緩やかな丘になっている道路には、誰もいない。
気のせいかと前を向くと、子供が自分の名前を呼んでいるのがはっきりと分かった。
「坊ちゃん!」
振り返ると、バリーが自転車に乗って自分の名前を叫んでいる。後ろにはアンジェリアも乗っていた。
自転車を停めると、真っ先にマーサに抱きついたのはアンジェリアだった。
「マーサ、どこに行くの?」
マーサはアンの背丈に合わせ、膝を屈する。
「アン譲様・・・」
「どこにも行かないで」
マーサは何も言えなかった。子供のいない彼女にとって、アンは自分の子供同然だった。
「マーサ・・・」
バリーが目に涙を溜めながら、立ちすくんでいる。
「ごめんなさい、僕のせいだ」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 14