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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第223回   1980年1月 アメリカ・ウォール街”サウジの兵器商”
その取引で、ヘイデン・ターナーは手にしていた、カフェオレを落とした。

L&Jキャピタル・マネジメントで若きヘッジファンドマネージャーとして、前年に900億ドルを稼いだ功績から、彼はサウジアラビアの豪商、バシャール・サラディンを顧客に持つことが出来た。
中東戦争の影には、必ずこのサラディンが暗躍していたと言われる、”死の商人”である。
ターナーは、サラディンが持つ株を手に、1日で30億ドルを稼いだこともあった。
しかし、その取引で、彼が築き上げてきた信用も自信も、何もかも打ち砕かれてしまった。

取引が始まった直後に、サラディンが所有していた全ての株価が、急上昇を始める。ターナーは、すぐにそれが”仕手”であると気付いた。
株価が、異常な値動きを見せたのだ。
「クソ!」
いつも情報集めに奔走していたが、その日に”仕手”が入るとは、全くの初耳だった。その時点で、ターナーは冷静さを欠いていた。
「買いだ!」
短期的な投機により、大きな利益を得るのが”仕手”である。
ターナーはサラディンが持っていた銘柄の全てを、”買い”に走った。
うまくこの”仕手”に乗れば、更なる利益を得ることができる。ターナーは株価が表示される電光掲示板を、睨みつけた。彼は”売り”のタイミングを、見計らう。額から、汗が流れ落ちた。
その緊張で、口の中が乾き始める。
「まさか・・・!」
自分が考えていた株価のボーダーラインを、異常な速度で超え始めた。いつもの彼であれば、すぐさまその時点で”売り”に移っている筈だった。
だが、彼の中で抱いていた”野心”が、その判断を狂わせた。
「もう少し、もう少しだ・・・」
それは、危険な賭けだった。
この賭けに勝てば、莫大な利益を得ることが出来る。だが、負ければ会社を追い出されるだけでなく、社会的信用を失くす上に、莫大な借金を背負う羽目になる。
ターナーは、”時”を待った。そして、判断を誤る。

次の瞬間、電光掲示板に映し出された、全ての銘柄が急落した。
「しまった!”売り”だ!」
ターナーは叫ぶが、間に合わなかった。

彼は、その日の取引で400億ドルの損失を出した。
それは、それまでに類を見ない額であった。

取引が終了した直後、彼はゼネラルマナージャーに呼び出され、今回の事態を報告せよと、詰め寄られた。
「損失分は、必ず、明日には補填します!」
それは、何の根拠も無い、ただの言い逃れに過ぎなかった。
ゼネラルマナージャーは、何も言わず、ただターナーの眼を見ながら、首を横に振った。

彼は、一瞬にして、人生の頂点から”奈落の底”へ転落したのである。


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