バリーは、携帯していた地図を広げた。そこで現在位置を把握し、キャンプへ戻る為のルートを決めた。負傷したこの足と、サラを連れてマナグアまで戻るのは、およそ不可能な行程だったが、バリーには一つの公算があった。 現在の位置から川沿いに8マイル南下したところに、ベルドゥーラという小さな村があった。そこは、FSLNの前線基地でもあったのだ。例え政府軍に押さえられていたとしても、帰還するための、必要な物資を手に入れることが出来る。 危険を冒してでも、行く価値はあった。 「どう思う?」 バリーは、サラに問いかけた。 「私には、分からないわ。貴方に、任せる」 「なら、話は早いな」 撃たれた左足に添え木を咬ませていたバリーは、縛り具合を確かめていた。持っていたM16とSIG P216の、弾丸の残存数を確認し、二人は先に進んだ。
川沿いから少し離れたジャングルの中を通り、バリーを先頭に南下していた。彼は五感を研ぎ澄ませながらも、後ろについて歩く、サラの存在が気になっていた。 たった8年で、彼女には彼女の“真実”が生まれていた。彼女は“誰か”を愛し、“誰か”に愛され、そして子を儲けていた。それは自分が全く、知る由も無い“真実”であった。 「バリー」 サラが呼び止めた。バリーが振り返る。 「何だ?」 「それ以上、私のことを何も聞かないのね」 彼女は、笑みも何も浮かべることの無い、事務的な表情を覗かせた。 「俺とお前は、もう無関係だ。お前が何をしようが、俺には関係ない」 「私にフラれたこと、まだ根に持ってるのね。暗い男!」 「相変わらず、口の悪い女だな!」 二人は睨み合った。 「よくあのベルギー野郎も、こんな女に三度も求婚したよな!」 「フランツは、貴方よりマシよ!」 これ以上は、何を言っても無駄だと感じたバリーは、何も言わず踵を返した。その姿を見たサラも、それ以上何も言わなかった。 少し歩いたあと、二人の間の沈黙を破ったのも、また彼女だった。 「どうして、こんな仕事をしているの?」 水を飲んだ後、水筒をバリーに返した。 「お前には、関係の無いことだ」 サイゴンで彼女に会っていたときは、誰にも話せなかったことも、何もかも話すことが出来ていた。だが、それも過去のことであり、今は彼女に応える義務も無い。そう思い、バリーは口を閉ざした。 サラは、そんな彼の態度に腹を立てた。 二人は、目指していたベルトゥーラの村まで、口を閉ざした。
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