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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第210回   210
バリーは、携帯していた地図を広げた。そこで現在位置を把握し、キャンプへ戻る為のルートを決めた。負傷したこの足と、サラを連れてマナグアまで戻るのは、およそ不可能な行程だったが、バリーには一つの公算があった。
現在の位置から川沿いに8マイル南下したところに、ベルドゥーラという小さな村があった。そこは、FSLNの前線基地でもあったのだ。例え政府軍に押さえられていたとしても、帰還するための、必要な物資を手に入れることが出来る。
危険を冒してでも、行く価値はあった。
「どう思う?」
バリーは、サラに問いかけた。
「私には、分からないわ。貴方に、任せる」
「なら、話は早いな」
撃たれた左足に添え木を咬ませていたバリーは、縛り具合を確かめていた。持っていたM16とSIG P216の、弾丸の残存数を確認し、二人は先に進んだ。

川沿いから少し離れたジャングルの中を通り、バリーを先頭に南下していた。彼は五感を研ぎ澄ませながらも、後ろについて歩く、サラの存在が気になっていた。
たった8年で、彼女には彼女の“真実”が生まれていた。彼女は“誰か”を愛し、“誰か”に愛され、そして子を儲けていた。それは自分が全く、知る由も無い“真実”であった。
「バリー」
サラが呼び止めた。バリーが振り返る。
「何だ?」
「それ以上、私のことを何も聞かないのね」
彼女は、笑みも何も浮かべることの無い、事務的な表情を覗かせた。
「俺とお前は、もう無関係だ。お前が何をしようが、俺には関係ない」
「私にフラれたこと、まだ根に持ってるのね。暗い男!」
「相変わらず、口の悪い女だな!」
二人は睨み合った。
「よくあのベルギー野郎も、こんな女に三度も求婚したよな!」
「フランツは、貴方よりマシよ!」
これ以上は、何を言っても無駄だと感じたバリーは、何も言わず踵を返した。その姿を見たサラも、それ以上何も言わなかった。
少し歩いたあと、二人の間の沈黙を破ったのも、また彼女だった。
「どうして、こんな仕事をしているの?」
水を飲んだ後、水筒をバリーに返した。
「お前には、関係の無いことだ」
サイゴンで彼女に会っていたときは、誰にも話せなかったことも、何もかも話すことが出来ていた。だが、それも過去のことであり、今は彼女に応える義務も無い。そう思い、バリーは口を閉ざした。
サラは、そんな彼の態度に腹を立てた。
二人は、目指していたベルトゥーラの村まで、口を閉ざした。


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