バリーは、サラの顔を見た。彼女は8年前と、さほど変わっていなかった。その美しさも、その聡明さも。 「結婚は、したのか?」 バリーの声に、サラは消毒していた手を、止めた。 「いいえ」 サラの応えに、バリーは安堵の表情を浮かべた。 「そうだろうな。お前みたいなスプーキーは、結婚なんか出来るわけがない」 バリーの応えに、サラは消毒用のガーゼを、きつく銃創に押し付けた。その瞬間に、呻き声をあげる。 「言っておきますけど、フランツに、三度も求婚されたのよ!」 「フランツって、さっき助けた、あの金髪ハゲ頭のベルギー野郎にか?」 サラは眉間にしわを寄せながら、その言葉を無視した。 「三度も、お前に求婚するなんて、よほど物好きな男だな!」 医療用具から包帯を取り出すと、わざと左足の銃創に、ぶつけた。その拍子に、バリーの顔が青ざめた。 「あら、手が滑ってしまったわ。ごめんなさいね」 バリーは、その言葉にサラを睨み付けたが、それ以上は、何も言わなかった。彼女が、一枚上手だと悟ったからである。
彼らの間に川のせせらぎが流れ、二人の沈黙が心地よく感じられたとき、サラがおもむろに口を開いた。 「貴方が、こんな仕事をしているなんて、やっぱりあの時、私が感じた不安は的中してたのね」 「確かに、そうだな。俺には、これしか出来なかった」 バリーの左足に、ガーゼを当てる。 「お前が、一番嫌っていた、“人殺し稼業”だ」 そのまま、包帯を巻き始めた。 「貴方みたいな人がいるから、“戦争”が、なくならないのよ」 「“戦争”は、この世からなくなることは無い。決してな・・・」 サラは、唇を真一文字に結んだ。その話は、これ以上言いたくないという、昔からのクセだった。 バリーは再び、沈黙を始めた。すると、またそれを破ったのは、サラの方だった。 「息子がいるの」 その言葉に、バリーはサラを見た。まだ彼女は、視線を下に向けていた。 「そうか」 バリーは、そんな言葉でしか、返すことが出来なかった。 「とても、頭の良い子よ」 サラは、生まれた息子と共に、MSFへ参加し、世界中の紛争地帯へ行っていると話した。 「その子は、今どこに?」 「エステリが攻撃されたので、先にマナグア郊外の赤十字キャンプに行かせたわ」 バリーは立ち上がると、サラに手を差し伸べる。 「なら、キャンプへ戻ろう。なんとしても、お前を無事に連れて返さなくちゃな」
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