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作品名:サイレンス 作者:ぴきにん

第209回   209
バリーは、サラの顔を見た。彼女は8年前と、さほど変わっていなかった。その美しさも、その聡明さも。
「結婚は、したのか?」
バリーの声に、サラは消毒していた手を、止めた。
「いいえ」
サラの応えに、バリーは安堵の表情を浮かべた。
「そうだろうな。お前みたいなスプーキーは、結婚なんか出来るわけがない」
バリーの応えに、サラは消毒用のガーゼを、きつく銃創に押し付けた。その瞬間に、呻き声をあげる。
「言っておきますけど、フランツに、三度も求婚されたのよ!」
「フランツって、さっき助けた、あの金髪ハゲ頭のベルギー野郎にか?」
サラは眉間にしわを寄せながら、その言葉を無視した。
「三度も、お前に求婚するなんて、よほど物好きな男だな!」
医療用具から包帯を取り出すと、わざと左足の銃創に、ぶつけた。その拍子に、バリーの顔が青ざめた。
「あら、手が滑ってしまったわ。ごめんなさいね」
バリーは、その言葉にサラを睨み付けたが、それ以上は、何も言わなかった。彼女が、一枚上手だと悟ったからである。

彼らの間に川のせせらぎが流れ、二人の沈黙が心地よく感じられたとき、サラがおもむろに口を開いた。
「貴方が、こんな仕事をしているなんて、やっぱりあの時、私が感じた不安は的中してたのね」
「確かに、そうだな。俺には、これしか出来なかった」
バリーの左足に、ガーゼを当てる。
「お前が、一番嫌っていた、“人殺し稼業”だ」
そのまま、包帯を巻き始めた。
「貴方みたいな人がいるから、“戦争”が、なくならないのよ」
「“戦争”は、この世からなくなることは無い。決してな・・・」
サラは、唇を真一文字に結んだ。その話は、これ以上言いたくないという、昔からのクセだった。
バリーは再び、沈黙を始めた。すると、またそれを破ったのは、サラの方だった。
「息子がいるの」
その言葉に、バリーはサラを見た。まだ彼女は、視線を下に向けていた。
「そうか」
バリーは、そんな言葉でしか、返すことが出来なかった。
「とても、頭の良い子よ」
サラは、生まれた息子と共に、MSFへ参加し、世界中の紛争地帯へ行っていると話した。
「その子は、今どこに?」
「エステリが攻撃されたので、先にマナグア郊外の赤十字キャンプに行かせたわ」
バリーは立ち上がると、サラに手を差し伸べる。
「なら、キャンプへ戻ろう。なんとしても、お前を無事に連れて返さなくちゃな」


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