7月に入り、半ばに入ると、パラシオ・ナシオナル(国家殿堂)の前に集まる民衆の数が膨大になり始めた。赤と黒のサンディニスタ民族解放戦線・FSLNの旗と、英雄・サンディーノ将軍のプラカードを掲げた民衆は、高まる“革命”の機運に、首都・マナグアは熱を帯び始めていた。 連日、各国のメディアが報道合戦を繰り広げ、この“革命”は、中南米でも注目され始めた。 「我々が望むのは、“自由な祖国か、死か”である!」 パラシオ・ナシオナル(国家殿堂)の前に造られた壇上で、サンディニスタ民族解放戦線・FSLNのコマンダンテ(司令官)が叫んだ。1927年7月16日に、アメリカ・マリーン(海兵隊)の最後の通告に対して、彼らの英雄、アウグスト・セサル・サンディーノ将軍が遺した言葉である。 「リベルター、オ・ムエルテ(自由か、死か)!」 民衆が、それに応える。それは、“ソモサ王朝”に徹底抗戦を意味する、虐げられてきた民衆の、覚悟の叫びだった。 何度も繰り返される、その叫びを見ながら、カルロスは自分の父親の死を思い出していた。 電気工だった父は、カルロスを始め五人の兄弟たちを養うのに、僅かな収入と、その人生の全てを捧げた。だが、サンディニスタ民族解放戦線に参加していた事が発覚し、グアルディア・ナシオナル(国家警備隊)に逮捕され、拷問を受けた末に、弱り果て死んだ。 その死は、人の尊厳も何もない、ただ無意味な死だった。 まだ16歳だったカルロスは、幼い兄弟たちを養うべく、父親の代わりになった。 父親と同じ電気工として働き始めたが、僅かな収入に耐えられなくなった彼は、その苦しさから、決して下してはならない決断を下した。 ソモサ政権、その背後にいたCIAに、身を売ったのである。その見返りとして、彼は、多額の報酬を得た。カルロスは罪悪感を抱きながらも、それまで見たことが無かった、札束の魅力に取り憑かれた。そして、感じていた罪悪感は、いつしかカルロスにとっての“正義”となっていったのである。 「“自由か、死か”よりも、明日食べるための、パンと金をよこせってんだ・・・」 カルロスは壇上に立っていた、FSLNのコマンダンテ(司令官)を睨み付ける。そして大きな溜め息をつくと、群集から抜け出した。 表通りから、裏通りに入ると、黒い覆面を被った男たちと合流する。彼らは、腕にFSLNの腕章を付けていた。カルロスは彼らの顔を見ると、目で合図を送る。それを見て、頷いた彼は、踵を返した。その瞬間、背後でトリガーを引く音が鳴る。一瞬で、背筋が凍りついた。彼は、恐る恐る後ろを振り返る。 「な・・・何故・・・?」 黒い覆面の男たちは、カルロスに銃口を向けていた。 「以前、お前が連れてきた記者の女を追ったとき、何者かが我々の仲間を殺ったのだ。寝返ったな!」 覆面の男が、声を上げた。 「知らない。俺は、何も・・・」 緊張の糸が切れかけたとき、二発の銃声とともに、肉の突き破る音が轟いた。気付くと、銃口を向けていた覆面の男が、倒れている。背後で気配を感じたカルロスが、振り返った。 「あ、貴方は・・・!」
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